老教師の抑揚(よくよう)のない声が、とうとうとつづいていた。昼食後の講義はただでさえ眠気を誘うのに、聞き手の関心などいっさい無視した難解な講釈は、それに拍車をかけてくれる。奥歯であくびをかみ殺したヒロは、退屈を誤魔化すために、目の逃げ場を求めてタブレット端末から目を上げた。

教室には窓がない。壁には集中力を高めるようにと緑の壁画が描かれているが、そんなもので気が紛れるはずもなかった。ばれないようにそっとため息をついて、ふたたび顔を下げた。

核戦争後に起こった非核大戦によって人口は激減し、荒廃した世界を生き延びる売国奴(マゴット)たちは、生きるための技能を取得しなければならなかった。医療、工業、経済、政治、そして軍事……。子どもたちはそれぞれの学力に見合った技術講義を選択させられる。

ヒロはいま、熱源機器(ボイラー)の扱い方を学んでいた。できれば航空工学を選択して戦闘機を設計したかったが、彼の学力がそれを許さなかった。やる気のない勉強を強制されるのだから、当然、嫌になってくる。ヒロは時計の針が上り詰めていくのをぼんやりと眺めていた。時を刻む長針の動きは緩慢だ。そのうえ技術講義はひどく退屈だった。

多くの子どもたちがそうであるように、ヒロもまた、核大戦で両親を失った戦災孤児だ。生き延びた子どもたちは、人類存続のための貴重な資源(リソース)となる。だからこそ、戦災孤児のヒロにも生き延びる術を学ばせてくれている。大人たちには本当にありがたいとは思っている。

だが、それでもやはり技術講義は退屈だった。ただただ生き延びるために社会(システム)の一部となって働く。そのための講義だ。それでは奴隷と一緒ではないかという自己正当化の方便も噴出してきて、さらに瞼を重くする……。

ならば、配給の食糧も放射線や異常紫外線から守ってくれる地下施設の安全安心な生活を捨てて、筒状戦車兵器が跋扈する興廃した地表でその日暮らしをするのかといえば、その選択肢は考えられなかった。実感の伴わない「生存」の二文字に思いを馳せていると、ヒロの思考を寸断するかのように終了のベルが鳴り響く。それを合図に子どもたちは席を立ち、いっせいに廊下に並んだ。老眼鏡を鼻にちょこんと載せた老教師が、列の端から生徒を一人ひとり検分していく。頬を、耳を、目の下を軽くつまむ。放射線による皮膚病が出ていないかチェックしているのだ。

老教師の許しを受けた生徒から、地下施設から外に出られる自由時間を与えられる。外出時間は限られていた。許しをもらった生徒はあわててガスマスクと防護服を身にまとい、ニットの帽子にマフラーをして、先を争うように職業訓練学校の校舎を出ていくのだった。

核戦争を生き延びた人々は、とてつもなく大きな地下大洞窟の底に広がる小都市で暮らしている。ビルが建ち並ぶ街路を歩けば――ビルの切れ間からのぞく空が人工の照明であることを除いて――地上と別段、変わらないだろう。

街路を抜け、貨物輸送用の巨大なエレベーターに乗り込むと、子どもたちは夕暮れの地上へと運ばれていく。到着のときを今か今かと待ち構える彼らは、すでにいくつかのグループにわかれて、今日はなにをして遊ぶか話し合っていた。

「なあ、見てみたくないか?」

ヒロのとなりにやってきたクラスメイトのケイスケが言った。

「またか?」

ヒロは眉をひそめて言う。

「どうしても見たいんだよ。新型が配備されているらしいんだ……」

ヒロたちが暮らす売国奴(マゴット)の地下施設は、日本人を殲滅するための無人兵器・筒状戦車兵器《ダイモス》の地下工廠でもある。子どもたちは戦車兵器が出入りする軍事関係領域に足を踏み入れることは許されない。

だが、ケイスケは自由時間にかこつけて、その軍事領域に侵入して筒状戦車兵器を観察したがった。見つかれば良くて謹慎、最悪は退学させられるかもしれない。技術のない子どもが生き延びることを許してくれるほど、食糧資源は豊富ではない。つまり職業訓練学校の退学は地下施設からの追放を意味しているわけで……。

「軍事への関心が、どうして咎められなきゃならないんだ?」

ケイスケが小声で持論を展開する。

「僕たちの生活を支える戦車兵器のことを知りたいと思っていったいなにが悪い?」

ヒロと同じく、兵器設計の理論を学ぶクラスに憧れながら、熱源機器(ボイラー)の扱い方を学ぶケイスケもまた、学力テストでつまはじきにされた一人だった。ヒロはすでに諦めかけていたが、ケイスケは自己流で兵器設計を学ぼうと、こうして危険を犯してまで戦車視察に繰り出すのだった。

「まあ、いいよ。付き合ってやるよ」

熱弁を振るうケイスケに、しかたなくヒロが同意する。さらに目を輝かすケイスケに軽くため息をつきつつ、自分にも戦車兵器への関心が少なからずあることを認めざるをえなかった。

このまま熱源機器(ボイラー)の扱い方を学んだところで、ヒロたちに待っている未来はどん詰まっている。進路はすでに決定している。もちろん、地下施設内のエネルギーをまかなう仕事は立派な仕事だし、大人たちのなかには仕事に誇りを持っている者だっているだろう。

けれど、職業を選ぶ自由も許されず、学力テストで死ぬまで働く仕事を強制されるのは、気持ちのいいものではない。自分が考え過ぎなのか? それを窮屈と感じる自分が異常なのか? 退屈な技術講義を同じようにつまらないと思いながらも、そつなくこなすクラスメイトたちを横目に、ヒロはいつも違和感を拭えないのだった。

その閉塞感を打ち破ってくれるのが、戦車兵器だった。ケイスケは戦車兵器の設計に関わりたいという抑えきれない情熱によって行動していたが、それに付き合うヒロには、別の思惑があった。

あの戦車兵器を、どうやったら倒せるのか……?

日本をこてんぱんに叩きのめしてもなお、気の済まない『かの国』の侵略。彼らは日本人を売国奴としてかしずかせ、その靴先を舐めさせるかのような横暴によって蹂躙してきた。日本はもう一生、『かの国』の奴隷なのだ。もはや覆ることのない自然定理かのように子どもたちに施される反日教育。そう、自分たちの首をゆっくり締め上げるような閉塞感の正体は、『かの国』なのだ。

そして、その象徴が、あのずんぐりむっくりの無人兵器《ダイモス》だった。

そんな不満を一言でも漏らせば、洗脳再教育が待っている。だからヒロはケイスケにすら、この反発心を打ち明けたことはない。

ただ、その思いは、ずっとヒロのなかに燻(くすぶ)りつづけていたのだった。

戦車兵器を倒したい――そんなことを考えるのは、雨を降らせたいと願うようなものだった、決して抗えないはずだった。

〝彼女〟に出会うまでは。

 

 

寒冷化によって、地球の景色は一変している。

褐色の砂塵に、燃えるような夕日が周囲一帯をオレンジ色に染め上げていた。

核大戦の爆発で生じた火球は、成層圏に大量の窒素酸化物を注入した。その結果、成層圏にあるオゾン保護層が50%という規模で減衰してしまった。ふつうオゾンは紫外線を遮っている。戦後、数週間から数ヶ月の間は、大気中の煤と塵芥が増大した紫外線が地表に届くのを防いでいるのだ。しかし、オゾンの減衰は、大気が澄んでくるにつれて生物は紫外線にさらされることになる。

増大した紫外線への植物反応のひとつが光合成の減少だった。植物によって光合成が行われなければ、事実上、人間を含むすべての動物は存在できなくなってしまう。深刻な食糧難が人類を襲った。

さらに、紫外線に長くさらされると、視力も失われる。だから、子どもたちのガスマスクには紫外線を遮断する特殊フィルターがかかっている。

そこまで健康被害の可能性がありながら、自由時間にわざわざ地表で遊ぶ意味があるのか? もちろん、両親の同意がない子どもは、地表に出ることは許されない。だが、多くの子どもは、地表の外に出ることが推奨されていた。君たちの世界は、地下にしかない――そのことを再確認させるためだ。

ヒロとケイスケは、安全領域を離れ、戦車兵器が出入りする地下工廠の格納庫出入り口を見に行った。岩陰に隠れ、腹ばいになりながら、ガスマスクの上から赤外線スコープを差し向ける。

「どうだ、お目当てのものは見られたか?」

「ああ」

見てみろ、というように、ケイスケが赤外線スコープをヒロに渡す。

受け取ったヒロも、慎重にスコープを差し向けてみる。

土木工事用に改修されたと見られる筒状戦車兵器《ダイモス》が、つぎつぎと工廠を出発し、どこかへ向かっている。黄色と黒色に塗り分けられた《ダイモス》たちは、いったいなんのために出撃していったのか。

これはウチの父さんの話なんだけど、とケイスケは前置きした。彼の父親は筒状戦車兵器の軍事工廠(こうしょう)で働いていた。

「連中、なにかを探しているらしいんだ」

「なにかって……」

ケイスケの話によれば、ヒロたち売国奴の地下施設の近くにあるという郷大跡地は有刺鉄線で囲われ、筒状戦車兵器が周囲を警護しているという。そして、彼らは何ヶ月もの間、〝なにか〟を見つけるために発掘作業をつづけているらしいのだ。作業は夜通し行われている。無人兵器である《ダイモス》には睡眠時間や労働時間の考慮も必要ないからだった。

夜になると、投光器の明かりで、真夜中だというのに周囲はまばゆいばかりの光に照らし出されているという。そこまで必死になって探すものとはなんなのか。たしかにそう考えれば、《ダイモス》が土木作業用に改修されているのもうなずける。

「日本人を根絶やしにするために開発された無人兵器《ダイモス》。その戦車兵器が、なぜ発掘作業に駆り出されてるんだ?」

当然の疑問をヒロがぶつける。

「どうしても手に入れたいなにかがあるんじゃないのか?」

ケイスケはさほど興味を持っていないらしく、軽く流した。ふたたび赤外線スコープで改修された《ダイモス》を観察しはじめた。

「なにか、か……」

ヒロは一瞬、そのなにかを自分が見つけることができたら、と空想をもてあそんだ。いまのこの、退屈な日常を打ち破る〝なにか〟となりうるのだろうか……?

「俺たちを殺しには来ないのかな?」

《ダイモス》が〝なにか〟を発見したら、この地下工廠の存在意義はなくなるのではないか? 筒状戦車兵器のメンテナンスを行う売国奴として、『かの国』は自分たちを生かしている。だとしたら、その〝なにか〟を見つけたら自分たちはお役ご免ということにはならないのか……?

「僕たちのシェルターは、『かの国』に技術供与しているから大丈夫だろ」

「でも、いつ攻めてくるかわからないぜ?」

「そんなことはないよ。僕たちは高等技術施策集団(テクノクラート)という、貴重な人的資源(リソース)じゃないか」

「ちがうよ」

「ちがうって……」

奴隷だ、と言いかけてヒロは口を閉ざした。戦後、亡国の民となった売国奴(マゴット)とその子どもであるヒロたちは、放射能汚染から身を守るという大義名分の名の下に、一箇所に集められ、閉じこめられている奴隷、働き蟻(あり)と一緒なのだ。

しかし、そのことに異議を唱えたり、調和を乱す者は追放される。荒廃した地上世界に放り出されてしまうのだ。

自分の主義・主張を強情に貫いて割を食うほどヒロは熱くはなれなかったし、なんでも無難に波風立てずに生きていくことこそ生き延びるための処世術であることを学んでいた。

「あれ?」

ヒロからの返事をあきらめ、赤外線スコープを除いていたケイスケが声をあげた。

「どうしたんだ?」

ヒロが問うと、

「女の子がひとりで歩いてる」

とケイスケが応えた。

「女の子?」

眉根を寄せて、ヒロはケイスケのスコープを奪って覗きこんだ。ケイスケがそこだ、と指を差し向けた方角にスコープを向ける。

地下施設の地上から数キロ、有刺鉄線に囲まれた郷大跡地――筒状戦車兵器の群れが掘削作業をつづけるのを、ぼんやりと見上げるひとりの少女の姿があった。強烈な土煙が舞い、強烈な西日に照らされるなかで、少女は蜃気楼の様にも見えた。ガスマスクや防護マスクも身につけておらず、サファリジャケットに短パン姿の少女が、白杖をついている。

「本物……だよな?」

ケイスケが茫然と言い放つ。

ヒロはスコープをケイスケに返すと、目を細めて郷大跡地の少女を見やった。

「どうして防護服もつけずに……あっ」

「どうした?」

ヒロがスコープを覗きこむケイスケに問うと、

「筒状戦車兵器があの子に気づいたみたいだ!」

ヒロはまたもやケイスケからスコープを奪う。

少女の存在に気づいた筒状戦車兵器が、どしん、どしんと少女に近づき、周囲一体を赤外線走査する。

キーン、とスピーカーの不協和音がヒロたちの元にまで響いた。戦車兵器が電子音で、

『民間人の立ち入りは禁止されています。ただちにここから立ち去ってください。3分以内に従わなければ、発砲します』

と警告を発し、右腕に仕込まれた機関銃の銃口を少女に向けた。

だが、少女は警告をもろともせずにその場に居留まっている。

『民間人の立ち入りは禁止されています。ただちにここから立ち去ってください。3分以内に従わなければ、発砲します』

再度、戦車兵器が警告する。

と、そのとき。少女が白杖を振ると、レーザー光線が迸(ほとばし)り、一瞬、怪しげなダンスフロアのように複数のレーザーが錯綜(さくそう)する。その次の瞬間には、少女の何倍もの大きさの筒状戦車兵器が、バラバラに刻まれ、少女の目の前で爆発した。

ヒロとケイスケは、離れていても十分に感じられる爆発の熱風を受けて、はっとした。とんでもないことが起きている。ようやく頭でそう考えはじめると、背後で避難警報が鳴り響いた。

『戦闘発生! 近隣のみなさんは可及的速やかに避難してください!』

「ヒロ、行かないと!」

その場に釘付けにされたかのように動かないヒロを見かねて、飛び上がったケイスケが肘を引っ張る。少女は無事なのか? 確認したいという後ろ髪を引かれながら、ヒロとケイスケは地下空間に戻っていった。

 

 

地下大洞窟の小都市は大騒ぎだった。

ここ十年近く、付近での戦闘は発生していなかったからだった。『かの国』の軍事工廠(こうしょう)を狙ったテロ攻撃なのか、と大人たちが噂するのに耳を立てながら、ヒロは避難用の大深度地下壕(シェルター)でうずくまって、あの少女のことを思い浮かべていた。

防護服もガスマスクも着けずに地上に現れた少女。彼女が発したレーザー攻撃。爆発に巻きこまれただろう。無事なのか? あるいは自爆攻撃をしかけたのか……。

だとしても、ヒロは抑えがたい好奇心が内奥から湧き出てくるのをいかんともできなかった。郷大跡地には〝なにか〟が隠されている。その〝なにか〟とはなんなのか。『かの国』が戦車兵器を配備・投入して血眼になって探す〝なにか〟。売国奴(マゴット)である大人たちに食い荒らされた日本に、そんなものがまだ存在するのか……?

ふたたび遠くで起こった爆発で地下壕(シェルター)がかすかに揺れる。どうやら戦闘が続いているらしかった。

「『アポロン』のやつらが厄介ごとを持って来やがった……」

地下壕(シェルター)の天井を睨みながら、大人のひとりが言った。

「『アポロン』?」

ヒロが問い返すと、

「『アポロン』は右翼のテロ集団だ」

と忌々しげに大人は応える。

「日本民族の再興とか抜かしやがって、『かの国』と戦ってる連中だ。俺たちにとってはいい迷惑だ」

「どうして?」

「俺たちが協力しているように疑われたらどうする? 『かの国』の庇護の元にある俺たちにとっては、連中は厄介者でしかないんだよ」

ヒロは疑問に思った。本来なら、国家を、民族を守ろうと戦う彼らは正義であるはずだった。ところが彼らは国民に支持されておらず、むしろ売国奴(マゴット)からはテロリストとしてやっかまれている。

ぶつぶつ不平を漏らす大人から離れ、ヒロは考えに耽っていた。安穏とした職業訓練学校の退屈な講義よりも、戦闘が行われ、地下壕(シェルター)に避難しているこの非常事態のほうが、〝生きている〟心持ちがする。そんな不謹慎な期待感にうしろめたさを感じつつも、ヒロは地上の戦闘を見てみたいと思った。

ヒロは地下壕(シェルター)の人混みのなかから、両親と一緒にいるケイスケを探しだし、手招きして呼び寄せた。

「なあ、ケイスケ……」

不安そうな顔をしたケイスケは、ヒロがなにかよからぬことを企んでいるらしいと察したのか、端から眉根を寄せている。

「そんな顔するなよ。いつもお前の無理に付き合ってやってるだろう」

「まさか、地上に出たいなんて言うんじゃないよね?」

ヒロは指を口に押し当てた。

「声が大きいよ」

と注意してから、周囲に目を走らせ、

「ちょっとだけだよ。外に出る方法はないかな?」

「ないことはないけど……僕はいかない」

ケイスケは両腕を自分の身体にからめて、まるで自分を抱きとめるような恰好をした。ここからは一歩も動かないと主張しているようだった。

「わかった。俺だけで行く。そのルートを教えてくれ」

「本当に行くつもりなの?」

なにがそうさせるのか。ケイスケは探るような目でヒロを見つめる。

「たしかめたいんだ……」

「たしかめるって……なにを?」

ケイスケがおうむ返しに問うと、ヒロは、

「〝なにか〟さ。俺たちを縛りつけてるこの空気感、閉塞感はなんなのか。それをさ、スカーッと取り払ってくれる〝なにか〟が郷大跡地にあるんじゃないかって。それをたしかめてみたいんだ」

「未来は地下(ここ)にしかないよ」

ケイスケが現実を突きつける。

「地上は、地獄だ」

「かもしれない」

「でも、どうせ俺は地下(ここ)にいたって、俺はボイラー技師として一生、ここで生きていくことになる。俺はまだ14歳だけど、20年先、30年先の未来がもう決まってるんだ」

「ボイラーは生きる術じゃないか。恥ずべきことじゃない」

ヒロはうまく説明できなかった。地下(ここ)にても、ボイラー技師として、社会(システム)に組みこまれ、ただ毎日決められた仕事をこなす奴隷になっていく。平穏無事な生活よりも、波乱に満ちた生活への情景がヒロにはあるのだった。もしかしたら深く後悔することになるかもしれない。いや、その可能性の方が高い。地下(ここ)以外では、子どもが生き延びてなどいけないはずだ。

それでも、一縷(いちる)の希望を見出したい。

これまで戦災孤児として、自分を主張することなく、波風立てず、それなりにうまく立ち回って生きてきた。いったい自分のどこにそんな強烈な反発心が眠っていたのかも定かではなかった。

ただ、反発心を目覚めさせたのはあの少女だった。

たったひとりで戦車兵器を倒した彼女の強烈な後ろ姿だった。

――彼女に会ってみたい。

会ってどうするのか。理屈ではなく、もはや説明不可能な感情のうねりが、いま、ヒロを突き動かしているのだった。

「……B通路だよ」

ケイスケが諦めたように言った。

「B通路は貯水庫に繋がってるんだ。食料と水を地下壕(シェルター)に届けるために、どうしても通路が確保されてるんだ」

「見張りがいるんじゃないのか?」

ケイスケは不思議そうな顔をして、ヒロを見返した。

「見張り?」

「誰かが出ていかないように……」

ケイスケは鼻で笑って応えた。

「自分だけでも生き延びるのに必死なのに、自分から出ていく奴を心配する売国奴(マゴット)なんてこの地下壕(シェルター)にはいないよ」