地下施設より浮上した爆縮特務艦《エスピランサ》は、いよいよ舞鶴港湾施設にその姿を現したのだった。
その外観は流線型をしており、カラーリングも純白の船体に紅い血流のようなラインが走っていた。船体後部には、反射装置(リフレクター)が折りたたまれており、尻びれのように伸びていた。
艦橋構造部には光子位相変換砲や超アクティブレーザー砲といった砲塔が鎮座し、艦首上甲板部分には光子魚雷(フォトントーピドー)の垂直打上装置が並ぶ。
「敵、核攻撃開始まであと20(フタマル)!」
戦術オペレーターに応えるように、冷泉艦長は、
「全艦、攻撃準備。全砲門を開け。光子位相変換砲及び光子魚雷(フォトントーピドー)、エネルギー装填!」
と令する。
艦長命令に姿勢を正した要員が、今度は雷撃戦準備に取りかかりはじめた。
そこへ、敵の通信が入電する。
「舞鶴工廠より発艦した貴艦に告ぐ」
無人攻撃機からの入電は、抑揚のない機械音で言った。
「所属と艦船番号を応えよ」
なんと応えるべきか。鷲尾は冷泉艦長の横顔を注視する。
手もとにマイクを引き寄せた艦長は、
「我は《エスピランサ》、日本の爆縮特務艦である!」
と応じて、
「国旗、掲揚!」
と下命する。
《エスピランサ》の甲板に日章旗が掲げられ、爆煙と火炎の照り返しを受けて浮かびあがった。
「目標、敵無人攻撃機! 第一砲塔全自動射撃急げ!」
マイクを離し、冷泉艦長が砲雷長を振り返った。
「了解。目標、敵無人爆撃機。第一砲塔へ電力伝達」
砲雷長が復唱し、火気管制システムのコンソールを操る。
《エスピランサ》の砲塔主砲が旋回し、眼前に迫り来る核爆弾搭載《フォボス》を射程に捉える。
「圧力、臨界点を突破! 動力充填完了……」
「全砲塔へ動力伝達!」
「光子位相変換砲、励起完了……」
砲雷長が声を上げる。
「索敵完了。自動追尾装置セット完了。誤差修正±0。上下角度調整……各部攻撃準備よろし!」
《エスピランサ》が、尻びれに当たる下甲板に折りたたまれた反射装置を展開し始める。L字に折りたたまれていた反射装置はX字に広がり、周囲に光の粒子を散布する。まるで《エスピランサ》を中心として天使の輪が広がっていくように、周囲に光が満ちていく。
「位相空間中和完了!」
ヘッドセットをした砲雷長は、その肉厚の頬を振るわせながら、冷泉艦長を振り返った。
しずかに一度、頷いた冷泉艦長は、
「攻撃開始!」
と下命。
「攻撃開始!」
鬼頭砲雷長が復唱し、《エスピランサ》が迫り来る無人爆撃機に対し、全砲射撃を開始した。艦橋の砲塔からは超アクティブレーザー砲の白い光が迸り、《フォボス》の編隊を直撃する。この圧倒的エネルギー攻撃の帯を回避した一部の《フォボス》は、さらに進行して《エスピランサ》に迫っていく。
だが、《エスピランサ》上甲板の魚雷発射管が次々開いて、光子魚雷(フォトントーピドー)が垂直発射された。反射装置によって半径1キロメートルの位相空間を中和した《エスピランサ》は、空中の粒子によって移動する目標にあわせてレーザーを屈折誘導させ、まるでホーミング弾のように光子魚雷(フォトントーピドー)を自由自在に折り曲げる。
まるで驟雨(しゅうう)のように降り注ぐレーザーの回避もかなわなくなった《フォボス》は、次々と空中撃破され、核ミサイルを放つことなく散っていく。 爆発の火球が空にいくつもぱっと咲き、黒煙をあげながら破片が舞鶴へ降り注いでいく。
あっという間の雷撃戦だった。もはや中空には敵機は存在しない。
「目標、沈黙!」
「やったか……」
思わず言葉を洩らした鷲尾を、冷泉艦長がじろりと目でたしなめる。指揮官が戦況に一喜一憂しているのを部下にみられてはならない。すぐに咳払いして能面にもどした鷲尾は、
「《アポロン》本部から入電は?」
通信手に問うた。
「追って集結場所の座標を指示するとのことです」
それまでは各自の判断で動けということか。内心に愚痴った鷲尾は、冷泉艦長の判断を仰ぐように、「艦長」と問うた。
うむ、と応じた冷泉艦長は、軍帽を深くかぶりなおし、居住まいを正した。
「これより本艦は、舞鶴工廠を離脱する。全艦、発進準備!」
「了解、《響(ひびき)XⅢ号システム》再始動!」
「出力安定。補機光子機関に接続(コンタクト)!」
ふたたび機関の振動音が高速化していき、《エスピランサ》が低い咆吼をあげはじめる。
「《エスピランサ》はまだ、未完成の状態だ。補給基地に寄港し、完成せねばならん」
冷泉艦長は戦闘指揮所の作戦指揮盤上で、海図を表示(ディスプレイ)して思案をはじめる。
「『かの国』の無人爆撃機から逃げながら、ですか?」
鷲尾の言に、冷泉艦長は、
「そうだ。やるしかないのだ、生き延びるためには……」
「圧力、臨界点を突破!」
「半径100キロ圏内に敵機なし!」
要員の声に頷いた冷泉艦長は、
「発進!」
と令した。