「被害状況は……!?」

『かの国』と通信する〝何者か〟の存在を察知した艦長が売国奴(マゴット)を発見したとの報告を受けてから数分。艦橋構造物が爆破され、艦長の生死もいまだ確認が取れていない状況だった。まさにしっちゃかめっちゃかになった戦闘指揮所中央に立ち、ブリッジに詰めている要員たちが血相を変えてモニターを注視し、各所からの報告を集めているのを眺めながら鷲尾は、気を引き締めた。

「艦橋構造部後部・信号看板が爆弾のようなもので爆破された模様。通信装置及び自動発射装置に損害発生しています」

通信手の報告が飛ぶ。

つまり《アポロン》本部との通信も、レーダーも使えなくなったということだ。まさに艦にとっての聴覚を奪われた形のいま、『かの国』の攻撃を受ければひとたまりもない。そんな絶望的状況にもかかわらず、極力、いつもと変わらぬ冷静な声を装った鷲尾は、

「艦長は?」

と要員たちを落ち着かせる意味でもゆっくりと問うた。

「……いまだ確認できていません」

艦長がいないいまは、自分がブリッジで指揮を執らねばならない――目で指示を仰いでくる要員たちに、心中の動揺を感じさせぬよう努めながら鷲尾は、艦内作業の優先順位を頭のなかで組み立て始めていた。

被害状況の把握、艦長の生死確認、艦内整備作業の続行と、発艦作業及び主機《響ⅩⅢ号システム》につながれた検体No.07の運用試験。

それに加えて、この爆破事件の犯人――売国奴(マゴット)も探し出さねばならない。あるいはもう艦内にいないかもしれないと考えつつも、情報を攪乱させることが目的ならば、敵はまだ艦内に潜んでいると考えた方がよかった。

「発艦準備はどうなっている?」

モニターに主機が呼び出される。モニター越しに検体の医師・池波が映り込んで、「検体No.07の反応は、ありません」と抑揚なく応える。まるで他人事のような物言いに腹が立ったが、そこは堪えて鷲尾はため息をついた。

「……どうして感応しない?」

首を振り、池波が唇を噛む。

一人の盲目の少女を廃人にして、結果この有様か。しかし、その責任を技術者一人に押しつけるのは酷だ。責任は指揮官である自分にもある。

そう指揮官――副長という隠れ蓑で誤魔化してきた責任の所在が、いまはすべて自分に降りかかってくる。予想以上の重責に、逃げ出しそうな自分を責任の2文字で縛り付ける。

「副長……」

ヘッドセットを耳に当てていた通信手が青ざめた顔を振り向けてきた。報告の内容に大方の察しをつけ、来るべきものがようやくきたのかと鷲尾は身構えた。

「艦長の遺体を確認したとの報告が入ってきています……」

戦闘指揮所に動揺が走る。いまは非常事態だ。主機は動かない。通信もレーダーも不能。艦内に潜伏中とみられる売国奴(マゴット)は、『かの国』と連絡し、《エスピランサ》の現在位置を知らせた可能性がある……。

動揺などしていられない。顎を引き、腹に力を込めた鷲尾は、

「副長より通達」

と艦内マイクを引き寄せて令した。

「これより本艦の指揮権は私に移った。以降、本部から別命あるまで私が艦長を代行する!」

一拍遅れて、ブリッジの要員たちも表情を引き締め、

「了解……!」

と声を上げた。

「総員、第一種戦闘態勢へ移行っ!」

すぐにオペレーターが復唱し、艦内放送が流れる。

「補給物資の積み込みは?」

間もなく鷲尾が問うた。

「80パーセント完了しています」

「よし。いまは主機の復旧を最優先。爆破された通信及びレーダー機器の応急処置も急がせろ」

「はっ」

「発艦、準備!」

操舵長が操縦桿を握り、各種計器に目を走らせる。

東京支部の地下施設には、まだ光に取り込まれた検体たちが残されたままだ。残念だが、この非常時にあっては、切り捨てるしかない。艦内要員の人命を言い訳にしながらも、鷲尾の頭からは、検体たちの虚ろな目、まるで死んだ魚のような瞳孔の印象が拭えなかった。

「機関室に繋げ」

オペレーターの隣に立って腰をかがめた鷲尾は、通信装置に顔を近づけた。

「こちら機関室」

と緊張を漲らせた機関長の声がスピーカーから返ってくる。

「創発したエネルギーで、どのくらい持つ?」

「3分戦えればいい方でしょう……」

不安げな表情の操舵長の横顔を眺めながら鷲尾は、

「3分は、戦えるのだな?」

と確認する。

「……おそらく」

「推測ではなく、現実的な数字が欲しい。機関長、創発したエネルギーでどのくらい戦える?」

「3分です」

「よし。各部署へ伝達。与えられた猶予は3分だ。どうにかして欲しい」

無茶は承知だ。いまはやらねば死ぬだけだった。言外の意志が伝わったかのように、機関長は、

「……やってみましょう」

と応えて通信を切った。

停船していた《エスピランサ》の動力が次々と始動し、艦内を蠕動(ぜんどう)させていく。

「発艦作業、最終段階へ移行!」

操舵席に収まる航海長が報告の声を上げる。

「ジャイロコンパス正常! 安定化装置(スタビライザー)問題なし! いけます!」

自分の命令によって、要員が、艦が動いていく。いまだに実感の伴わない腹の底を眺めながら鷲尾は、胸中につぶやいた。

(頼む、動いてくれ――《エスピランサ》!)

刹那、警戒音が鳴り響き、艦内が一気に赤色灯の照明に切り替わった。

「敵戦車大隊を肉眼で確認!」

オペレーターの声が、震えている。

「無人爆撃機《フォボス》です!」