「艦内に潜伏することはこれ以上、不可能です……」

雨宮加奈は、衛星電話に向かって言った。環境構造物に隠れ、ガスマスク越しに周囲に警戒の目を走らせながら彼女は、委員の命令に異議を唱えたのだった。

「不可能と言うことはあるまい。日本人を手なずけるのは、きみの十八番(おはこ)じゃないか」

簡単に言ってくれる。加奈は内心で舌打ちを洩らす。艦長殺害の犯人捜しが艦内では始まっている。売国奴(マゴット)が艦内にいることを副長は知っている。もはやこんな状況で諜報活動などできはしない……。いまだって、危うい綱渡りの状態で通信しているのだ。

だが、こちらの事情を説明したところで、彼らが理解するはずもないことは重々承知の上だった。委員は諜報員一人の命なぞなんとも思っていない。むしろこの任務を引き受けたのは、自分なのだという負い目もあって、途中から諦めの気持ちが襲ってきた。

なぜ日本人になど興味を持ったのだ? 生き延びる。そのためには彼らを無視すればよいではないか。いままでそうしてきたというのに、どうして自分は無関心でいられなかったのだ? 後悔先に立たずの思いをずっしり胸に感じながら、加奈は口中に広がっていく苦みに耐えた。

《エスピランサ》を足止めさせ、艦から目と鼻――つまりレーダーを破壊することで、加奈は任務から解放される……そのはずだった。

ところが、再起動するはずのない主機(メインエンジン)は目覚め、しかも地を埋め尽くすほどの《ダイモス》一個大隊を壊滅せしめた……。

〝彼女〟だ――あれは14年前の再現だった。圧倒的な光の力によって、一瞬で敵を駆逐した。〝彼女〟はいつもこちらの予想を裏切ってくれる。

「君の報告では、《エスピランサ》が動力を自ら絶ったとの報告だったが?」

そんな加奈の思考を、極東委員会のお歴々の粘っこい声が引き戻す。検体(サンプル)が「『オプト・クリスタル』への感応を拒否していたのです」と事実をそのまま伝えると、

「だが、《エスピランサ》は我らの戦車大隊を一瞬のうちに壊滅せしめたのだよ?」

と別の委員が鋭い声で問い詰めてくる。

知ったことではない。こちらとて完全に予想外の事態だったのだ。開き直ったような心持ちで加奈は、推測も言い訳も口にするのがひどく面倒になり、口を閉ざした。

自分の意見を主張したところで、なにも変わりはしない。むしろ事態を悪化させるだけだ。ここは嵐が過ぎ去るのをただ我慢するしかない。諦めの思いがさらに胸のなかに広がっていくのを知覚しながら加奈は、

「あれは君が入手した《エスピランサ》の船体スペックを遙かに超えた戦闘能力だった」

と別の委員が問う声を聞いた。

「日本人は、どうやって14年もの間、あんな怪物を売国奴(マゴット)と我らから隠しおおせてきたのだ?」

「日本人たち――『アポロン』の技術者たちも、《エスピランサ》の隠されたスペックについては知らなかったようです」

加奈はただ事実を述べた。

「どうやら《響ⅩⅢ号システム》は核大戦以前より開発されていた技術であり、封印されていたもののようです」

「封印されていた超兵機か……日本人には手に余る代物なのだな?」

「はい。戦闘中、艦は自動管制モードに切り替わり、日本人たちによる操艦を拒絶しました」

「《エスピランサ》は、無人艦ということか……?」

「いえ、違います」

言って自分でも驚きながら、加奈は自分の発する推論を聞いた。

「魂を宿した無人艦とでもいいましょうか……」

「その魂が、〝彼女〟――『オプト・クリスタル』だというのだね?」

「それ故の不安定な起動、それ故の……」

「圧倒的戦闘能力」

加奈の言葉を引き取った委員は、「人格を投影せざるをえないアニミズム文化の日本人らしい……」と鼻で笑ってみせた。

話は見えてきた。極東委員会は『オプト・クリスタル』を諦めてはいないのだ。だとすれば、自分に下される命令は……。

「いずれにせよ、戦車兵器一個大隊の壊滅せしめる戦闘能力は、決して看過できるものではない」

委員長が、加奈の思考に割って入ってくる。

「7th(セブンス)。君は14年前に果たせなかった任務を、いまこそ果たすべきではないかね?」

「……といいますと?」

わざととぼけてみせた加奈に委員長は、「『オプト・クリスタル』だよ」と意味深な笑みを込めて言った。

「任務の遂行を願うぞ……」