「攻撃開始まであと、30分……」
『かの国』による核攻撃が迫るなか、先遣隊が売国奴(マゴット)の地下シェルターへ向かってすでに3時間以上が経過していた。交渉は難航しているらしかった。
『かの国』による核ミサイル発射は着々と進んでいる。すでにミサイル発射基地には大陸弾道弾ミサイルが燃料注入を終え、発射準備を整えているのだった。ミサイル格納庫の発射孔は開かれている。一刻もはやく迎撃態勢を整えねばとはやる気持ちを抑えながら、鷲尾艦長は先遣隊の報告を待っていた。
「地下シェルターより、売国奴(マゴット)が逃げてきます!」
通信手の声に目を向け、主モニターを確認する。地下シェルター入り口の望遠映像では、ガスマスクを装着した売国奴(マゴット)たちが、まるで蜘蛛の子を散らすように飛び出してきていた。
逃げ惑う彼らを見て、交渉がうまくいかなかったことはわかった。問題は戦車兵器のデータリンクを掌握できたのかで……。
「検体No.07より入電!」
待っていた連絡が降って湧いたようにやってきた。電撃を受けたように通信に応じた鷲尾は、できうるかぎり冷静な声で
「こちら艦長……」
と応じた。
「地下工廠のメインフレーム侵入に成功しました。《響》と戦車兵器群をデータリンクしてください!」
どこか翳りのある声に表情を曇らせた鷲尾は、
「……売国奴(マゴット)の協力は得られたのか?」
と問うた。
しばらくの間があり、検体は
「残念ながら……」
と重々しく応えるのみだった。
「そうか」
感傷に浸っている暇はない。せかすように検体の方から、
「迎撃シミュレーションの配備データを送ってください!」
と声が上がってくる。
「わかった。すぐに送る」
指示を飛ばして、データを送る。間もなくして積荷搬入口が警告音と共に開いて、筒状戦車兵器群《ダイモス》を積載した荷役昇降機(パワーリフト)がせり上がってくる。つづいて周囲一帯あちらこちらの搬入口がいっせいに開いて、おなじように戦車兵器を載せた荷役昇降機(パワーリフト)が地上へ姿を現す。
膝をついて制止していた《ダイモス》たちは、荷役昇降機(パワーリフト)の安全ボルトを外されると、つぎつぎに起きあがって歩行を開始。日本海沿岸を目指していった。
「戦車兵器とのデータリンク、開きます!」
操作盤上のモニターで、《エスピランサ》と《ダイモス》が接続していくコマンド画面が折り重なって表示される。〝彼女〟がひとたび令すれば、戦車兵器群は砲身をいっせいに海の向こうへと回転させた。
「戦車兵器配備、あと30(サン・マル)で完了……」
「検体を映像で捉えました!」
モニターには、地下シェルターから出てくる検体たちの映像が映し出された。少年と少女のみ。そこに艦長を殺した諜報員(スパイ)の女の姿がないことを不審に思いながら、顔に青あざをつくる少年と、包帯で目隠しするように応急処置を受けている少女に気づいて、鷲尾は顔をしかめた。
「……なにかあったのか? 検体は怪我を……?」
「まだそのような報告は……」
オペレーターの報告を聞きながら鷲尾は、彼らは拷問を受けたのだと察した。もしかしたら女性スパイだった加奈は、彼らを守るために死んだのかもしれない。先遣隊として出発する前に、『罪を購う』とうそぶいていた彼女の顔を思い起こし、口中に苦みが広がる。
一筋縄ではいかないとは思ってはいたが、女子供すら痛めつける売国奴(マゴット)たちの卑劣さに、はらわたが煮えかえるようだった。何度『救うに値するのか?』と自問しても、自分には答えが見当たらない。たとえそれでも彼らを救おうとする検体と少年の想いが胸に迫ってきて、鷲尾は己を納得させようとする。これは売国奴(マゴット)を救う作戦ではない――これは、子供たちを守る作戦なのだ。未来を託すに足る子供たちのための……。
「主機(メインエンジン)、点火準備!」
鷲尾が令する。
「これより、『かの国』の核ミサイルを迎撃する! 総員、第一種戦闘配置! 対空戦闘用意!」