地下10m。分厚い混凝土(ベトン)の壁に覆われた『かの国』のミサイル地下格納庫(サイロ)は、発射管制室とミサイル発射格納庫の2つの設備からなっていた。無人化によって、戦争の最前線で人間は戦わなくなった。しかし、最高意志決定機関と、核のボタンを握っていたのは、いまだに人間だった……。

発射管制室は、4交代制24 時間体制で稼動し、指令があればすぐにでも発射できる体制にある。

「ミサイル発射指令が出た。ロックを解除せよ」

極東委員会からの発射要請を受け、管制室では管制官がキーロック解除作業者2名に指示を出す。2人は、離れた場所に設置されている鍵を、呼吸を合わせて回し、ミサイル発射安全装置を解除する。

「Launch(発射)!」

発射管制官の合図のもと、発射ボタンが押された。けたたましい「ビー!!」という大きな音が管制室に響き渡り、ミサイル発射が最終段階を迎えた。

地下格納庫の発射孔が開くと、核を搭載した大陸間弾道ミサイル《アーレスⅡ型ミサイル》が12 発、空を睨む形で露わになる。核ミサイルを取り囲むように設置されている開閉式の作業台からは、防護服とヘルメットを被った作業員たちがいっせいに避難を開始する。

ジェットエンジンが点火され、周囲が蠕動を始める。燃料を注入していた接続バルブが外れると、エンジン周辺は急激な温度差によって氷と炎がぱちぱちとゆらめき、噴射口から発した煙がもくもくと生き物のように伸びていく。12カ所の発射孔それぞれから煙が出始めて、いっせいにミサイルが打ち上げられた。孔からゆっくりと顔を出し始めた。すでにエンジンの噴射口の炎はまばゆいばかりの閃光を発し、ミサイルはその重たい身体をようやく宙へと持ち上げ始めた。

そこからさらにロケットエンジンが点火し、切り離され、身軽になったミサイルはまるではじかれたかのように空に向かって発射していく。次々と12発の核ミサイルが放たれたミサイル発射基地には、ミサイルの煙が柱のようにそそり立ち、第2波発射準備が抜け目なく進められていった。

『かの国』の核ミサイル発射基地は全部で20カ所。それぞれ同じ手順で、ミサイル発射が行われたのであった。核弾頭は1発のミサイルにつき8基を搭載。

第一波のミサイル攻撃で《エスピランサ》が迎撃しなければならないのは、約1920発の核弾頭だった。

 

 

「大陸間弾道ミサイルの発射を確認!」

「ロケット燃料の燃焼を終了。大気圏再突入まであと、30……」

戦闘指揮所に戻ってきた鷲尾は、コンソールの要員たちの報告の声を聞きながら、いよいよ来るべき時が来たのだなと腹に力を入れて、

「弾道計算は?」

と問うた。

20カ所のミサイル基地から発射されたミサイルが核弾頭を放出する以前の弾道が、モニターに映し出される。赤い糸を引かれているのがシミュレーションの結果だった。弾頭が解放されれば、赤線は枝分かれしていき、モニターが真っ赤に染まる……。

「《響》とリンクしました、いけます!」

砲雷長が頼もしく応じるのを鷲尾は確認して、

「全艦及び全戦車兵器、攻撃準備。全砲門を開け。光子位相変換砲及び光子魚雷(フォトントーピドー)、エネルギー装填! 目標、全核ミサイル! 打ち漏らすなよ!?」

鷲尾艦長と令すると、最後になるかもしれない艦長命令に姿勢を正した要員が、今度は雷撃戦準備に取りかかりはじめた。

「了解。目標、敵無人攻撃機。第一砲塔へ電力伝達!」

砲雷長が復唱し、火気管制システムのコンソールを操る。

《エスピランサ》艦橋構造部に並ぶ光子位相変換砲や超アクティブレーザー砲が旋回し、日本海上空に向けられる。

息を合わせたように、沿岸配備されている筒状戦車兵器《ダイモス》もその砲身を上空に向けた。

「圧力、臨界点を突破! 動力充填完了……」

「全砲塔へ動力伝達!」

「光子位相変換砲、励起完了……」

砲雷長が声を上げる。

「索敵完了。自動追尾装置セット完了。誤差修正±0。上下角度調整……各部攻撃準備よろし!」

「待ってください! 雨……雨です!」

オペレーターの一人が声を上げる。

なんのことを言っているのかわからず、鷲尾は顔をしかめた。

「どういうことだ!?」

「天候不良により主砲レーザーの威力が拡散、減弱するということです……」

額に手を当てた池波博士が、絶望的な声を漏らす。

分厚い雲間からぱらつきはじめた雨が大粒の水滴をまきちらしはじめ、《エスピランサ》にも打ちつける。

「核ミサイル再突入体、上空にて分裂を開始! 爆発まであと20……」

こちらの事情はお構いなしに、敵の攻撃は着々と進行していく。

「筒状戦車兵器の火力だけで、すべてを迎撃できんのか?」

ようやくそんな言葉を取り出した鷲尾だったが、それが叶わぬことはすでに承知していた。

「撃ち洩らす可能性があります。データリンクのシュミレーションでは、《エスピランサ》の全砲射撃を計算に入れていますのです……」

「なんとかならないのか……」

天候に左右される戦争兵器などナンセンスだ。なにか方法があるはずだ。そんな思いが鷲尾を急かせる。だが、戦闘指揮所は静と沈黙に包まれてしまう。

「……方法はあります」

池波博士が眼鏡を持ち上げ、重々しく進言する。

額から流れる汗を拭う余裕すらないままに、池波の言葉を促すように鷲尾が頷く。常ならざることをするのだ。無理は承知だと内心に言い捨てつつ、しかし、言うのをためらう池波の厳しい表情から、検体の少女になにかを強いらねばならぬのだということを察する。

「彼女、だな?」

鷲尾が確認すると、池波は「はい」と拳に力を込めて応える。

「主機を全力運転させ、位相空間を中和しましょう……」

「主機の全力運転……」

鸚鵡返しに池波の言葉を反復してみたものの、全力運転がいったいどんな無理を強いるのかまったく想像できない鷲尾が、池波に詳しい説明を求める。

「全力運転による莫大なエネルギーによって、周囲一帯を光学力場(フォース・シールド)で覆うのです。ですが、主砲による迎撃を可能にするためには、すくなくとも半径20キロメートル圏内をカバーする必要があります。それだけのエネルギーを創出するためには、〝彼女〟に相当な負荷がかかるでしょう……」

「負荷、か?」

「通常、『オプト・クリスタル』の感応には抑制がかけられています。検体(サンプル)が魅入られないよう、意志を〝彼女〟に取り込まれ、廃人とならぬためです。しかし、全力運転をするとなると……」

「そのリミッターを解除する、つまり、検体の精神汚染の可能性があるということだな?」

ナナを心配する鷲尾の声に被さるように、

「やります」

と落ち着いたナナの声が戦闘指揮所に響き渡る。

「わたしが、やります!」

わかってはいた。検体がそう言うであろうことも、われわれ大人が彼女に頼らざるをえないことも、そんな大人の打算、ずるさを自身の内奥にさまざまと見せつけられた思いで鷲尾は、「頼む」の言葉を苦みと共に絞り出した。

「《エスピランサ》の、否、日本の運命、君に託した!」