潜水球(バスフィア)の水密扉が開くと、パイロットスーツ姿のナナが現れ、「ヒロも手伝って」と通信してきた。ガラス窓を隔てたレーザー増幅室でエネルギー創出を見守っていたヒロは晴天の霹靂で、「え?」とぽかんと口を開けるしかなかった。

「いまは少しでも〝彼女〟に、『オプト・クリスタル』に感応できる人間が必要なの」

ヒロもナナと一緒に潜水球(バスフィア)にこもって、感応しろということか? たしかにフォトナイザーによってナナを目覚めさせ、《響ⅩⅢ号システム》を再点火させることはできた。しかしそれは、『オプト・クリスタル』に感応したというより、ナナに呼びかけた、といったものだった。

だが、いまはできるかできないかはわからなくても、やらねばならぬときだった。ナナに導かれるままに潜水球(バスフィア)へ向かったヒロは、差し出されたナナの手をつかんでタラップを上り、中に入っていった。

当然、内部は複座型ではない。促されるままにヒロが座り、彼の膝の上にナナが腰かける。膝の上に乗せた『オプト・クリスタル』の上で二人は手を重ね、瞑目して思念を送る。

手のひらにナナの温もりを感じながら、その熱さが次第に高まっていく。まばゆいばかりの光を創出しはじめた『オプト・クリスタル』は、ナナとヒロの脳内に浸透し、そして解け合ったのだった。

 

 

 

「《響ⅩⅢ号システム》、全力運転を開始!」

オペレーターの声に身を正した鷲尾は、

「よし、フィールド反射装置(リフレクター)を展開!」

と令した。

「了解、反射装置(リフレクター)展開します!」

《エスピランサ》が、尻びれに当たる下甲板に折りたたまれた反射装置(リフレクター)を展開し始める。L字に折りたたまれていた反射装置(リフレクター)はX字に広がり、周囲に光の粒子を散布する。光学力場(フォース・シールド)の形成はまるで《エスピランサ》を中心とした天使の輪だった、周囲に光が満ちていく。

「間に合ってくれよ……」

祈るようにつぶやきながら鷲尾は、「核ミサイル再突入体、爆発まで、あと10……」という通信手の声に我に返る。

「光学力場(フォース・シールド)は?」

「位相空間中和完了! 障害物なし! いけます!」

ヘッドセットをした砲雷長は、その肉厚の頬を振るわせながら、鷲尾を振り返った。

「攻撃開始!!」

鷲尾が令した。

「攻撃開始!」

砲雷長が復唱し、日本に迫り来る核攻撃に対し、全砲射撃をはじめた。艦橋の砲塔からはアクティブレーザー砲の白い光が迸る。まるで空に絵を描くレーザーのように、空を裂いたこの圧倒的エネルギー攻撃の帯は、おびただしい数の火球と黒煙とを上空に咲かせる。

その後を追うように、《ダイモス》一個大隊が雷撃したミサイルや実弾が空に弾幕を張って、レーザーが撃ち洩らしたミサイルを誘爆させた。

さらに、上甲板の魚雷発射管が次々開き、光子魚雷(フォトントーピドー)が垂直発射される。反射装置によって半径1キロメートルの位相空間を中和した《エスピランサ》は、空中の粒子によって移動する目標にあわせてレーザーを屈折誘導させ、まるでホーミング弾のように放った直線レーザーを自由自在に折り曲げる。

次々撃破されていくミサイルの煙で空は見えなくなるほどだったが、弾道計算によって目標地点へ直進するレーザーに、目標現在視界の有無は不要だった。《響》の計算通りに落下してくる核ミサイルの照準に従って放たれたレーザーは、確実に核ミサイルを撃破していった。

「第一波核攻撃、完全に迎撃成功!」

真っ赤に染まっていた弾道予測の主モニターには、次々、緑色に回復し、迎撃が成功したことを伝えていた。高ぶった要員の声に、鷲尾はそっと息を吐いた。

しかし、気を休める間もなく、

「高熱源体、急速接近!」

というオペレーターの声が艦内につんざいた。

「高熱源体!? なんのことだ?」

砲雷長が要員の肩を掴んで問う。

「接触まで、あと、1秒!」

「総員、対ショック用意!」

鷲尾はそう令するしかなかった。刹那、光学力場(フォース・シールド)を貫いて飛来してきた強烈な衝撃が《エスピランサ》をつんざいた。一度のみならず、二度、三度と艦全体を揺さぶったこの激しい揺れは、戦闘指揮所に立錐していた艦長や砲雷長、技術主任の池波が壁や床に投げ出した。まるで一瞬にして世界が変わったかのように、艦内が警告音と非常灯の明かりに塗り込められる。

艦はそのまま斜めに傾いたままだった。なにが起きているのかを把握するために、鷲尾が顔をあげる。

「……被害状況は!?」

核攻撃を阻止したのに、なぜ……? 《エスピランサ》が攻撃を受けた。これは事実だ。頭のなかを整理し、鷲尾はできるかぎり落ち着こうと自分自身に言い聞かせる。しかし、傾いだままの艦内、モニターというモニターが警告音を発し、計器類からは火花と煙が出ている。こんな非常事態で、落ち着けと呼びかけても、無理というものだった。

「損害不明……動力機関がやられたようです……!」

「主機は?」

「活動停止しています!」

「これは……」

別のオペレーターが驚きの声を上げる。

「どうした?」

「原因がわかりました、《神の杖》です!」

同時に、主モニターに《エスピランサ》の外観が大写しになった。流線型の《エスピランサ》には、鋼鉄の槍が斜め3本突き刺さっている。槍は艦橋構造部を見事に貫いていた。どよめきが戦闘指揮所に走る。

「なんということだ……」

池波が口を呆然と開けたまま主モニターを見あげている。つづいて艦内で爆発が起きたのだろう。震動が足もとを伝わってくる、長引く蠕動(ぜんどう)が、被害の大きさを物語っていた……。

それは〝かの国〟が開発した宇宙兵器だった。衛星軌道上からチタン製の鉄槍を時速一万五百キロの速度で落下させる兵器で、非核兵器ながらその殺傷(さっしょう)能力は原子爆弾にも引けをとらない。

なるほど、核攻撃の迎撃で注意を引きつけている間に、防御不能の宇宙兵器で《エスピランサ》を活動不能に陥れる……完全に『かの国』の思惑通りになってしまったことと、そのことに気づけなかった艦長としての自分の未熟さへの悔しさが、じわりじわりと身を焦がす。

「しかし、なぜだ!? 『かの国』は《エスピランサ》の現在位置をどうやって知ったんだ……」

忸怩たる想いを口に出して、鷲尾ははっとした。どこにその感情の吐け口を持っていいのかもわからず、コンソールの上の拳をぎゅっと握りしめる。

「売国奴(マゴット)め……! 貴様らを救うための作戦だということを、どうして理解せんのだ……」

そんなことを言ってもはじまらない。自分で自分を慰めようにも、挽回不能の大打撃を受けた事実はいかようにもならない。売国奴(マゴット)が『かの国』に《エスピランサ》の現在位置を知らせたのだ……。

金属の不協和音が足もとで響いて、さらに《エスピランサ》ががくんと揺れた。

「重力バラスト制御不能! 《エスピランサ》、沈みます!」

艦長としての正しい判断を迫る砲雷長が、無言で視線を送ってくる。わかっていると頷いた鷲尾は、ひとつ大きく息を吐いた。

やれることはやった。核ミサイルは防いだのだ――最期まで諦めるなと叱咤する自分と、もうどうにもなりはしないと、眼前に迫った死を受け入れようとする自分がいる。心は清々しかった。『かの国』と充分に渡り合ったのだ。日本人の底力は見せつけたはずだ……。

しかし、心のどこかで〝彼女〟がなんとかしてくれるのではないかという淡い期待があるのも事実だった。軍人が、女子供に頼る。なんと情けないのだという想いを新たにしつつ、《神の杖》が貫いた主機はいかんといもしがたい――それは計器類に眼を走らせ、主機の状況をたしかめる池波博士がこちらに首を振っているのからも明らかだった。

奇跡の自動管制モードも起動しない。

艦は、沈む……。

鷲尾はぐっと奥歯をかみしめて、絞り出すように声を張った。

「総員待避! 《エスピランサ》を……放棄する!」