【第1章 地球近傍小惑星】

第2話

 縦長の特殊実験棟には270メートルにも及ぶ長大な発振器や増幅器が配管のように何本も束になって伸びていた。

 その先に鎮座するのは、完全密閉された小さな潜水艦のような装置だ。
 どこかフジツボを連想させる突起物――レーザー入射ポート――が球対称に20個配置された、直径2メートル余、球形をした鋼鉄の塊である。

 照射用真空炉容器。
『DALB計画』の要となるレーザー装置の心臓部である。

「《響20号》は、レーザー爆縮によって世界の消費電力を上回る2000兆ワットを出力することが可能な、世界最高強度のレーザー設備です」

 白河教授が説明を加える。

 配管やコードが這い回る現実離れした威容に圧倒されつつも、室戸議員は、

「本当に核攻撃より効果があるのかね?」

 と半信半疑できいた。

「あります」

 即答した國場のハッタリに白河がちらと視線を送ってくる。
 研究課題は山積みであるが、嘘ではない。
 咎めるような白河の眼に國場は小さく頷いて応えた。

 確かに《響20号》はピーク出力2000兆ワットのレーザーを生み出すことができるが──それはわずか一秒間という一瞬のことである。

 レーザーにはそもそも「CW(Continuous wave)」と「パルス」の2種類がある。

 CWレーザーは絶え間なく照射し続けられるものの、ピーク出力が弱く、精密加工などに向いている。

 一方、パルスレーザーは一発あたりの照射時間を圧縮することで高いピーク出力を得ることができる。

 小惑星の軌道変更という用途からいっても、今回、パルスレーザーを用いるのは合理的な判断だった。

 しかし、《響20号》が2000兆ワットを創出するのは、2025年の時点で1秒──それも一発照射すれば1時間の冷却を必要とする。

 ピーク出力2000兆ワットのレーザーをいかに長い時間、連射できるようにするか。
 1秒間に数千発の高出力レーザーを放つ稼働を、十数分続けることができれば──何億キロと離れた小惑星をも動かすことができる。

 詳細な解説を省いた國場の説明に、開発を担当する白河教授は不満そうな顔をしていたが、國場は自信をもって、

「《響20号》はもともと高速点火エネルギー核融合の研究で生み出されたものです」

 と続ける声を発した。

「原子力発電は核分裂で発電しています。核分裂は強い放射能性廃棄物を副産物として生み出しますが、《響20号》の高強度レーザーであれば、核融合に必要な資源は海水に含まれる重水素だけでいい」

「それはつまり……」

「重水素に三重水素を融合すれば核融合が起き、加熱レーザーで核融合温度まで加熱することができるんです」

 白河がこたえたが、室戸議員の表情には疑問の符号が浮かんでいる。

「次世代のクリーンエネルギーとなる可能性があるということです」

 加瀬がかみ砕いた解説を加えた。

「なるほど……」

 と口端を釣りあげた室戸議員は、

「核爆弾よりも高エネルギーかつ、原発よりもクリーンな技術というわけか」

 と先の説明を促すように顎をしゃくった。

「本来なら人類の福音となるはずの技術がなぜ、予算をかけて研究されないのか。それは――」

「石油メジャーや原発族の既得権益層からすれば、邪魔ものではあるな?」

 國場の思惑を先取りした室戸議員が確認してくる。

「そこで、『DALB計画』です」

 國場の説明から狡猾な計算をはじき出したのか、ようやく室戸議員の眼が興味深げに光りだした。

「宇宙開発と軌道変更計画にかこつけて開発・研究ができれば、日本は次世代クリーンエネルギーの分野で世界を牽引できます」

「リスクの高い技術開発を国が担当して、その成果を民間に移転する国家戦略というわけか」

 低いうなり声を洩らして室戸議員がいった。

 プロジェクトに価値を見出しはじめたらしい議員の反応を確かめた國場は、畳みかけるように、

「しかも世界中が見守るこの宇宙計画で試験運用すれば最高のデモンストレーションになるでしょう。ですから、日本はこの計画を遂行せねばならないのです」

 と続けた。

「問題は確実性だな。本当にそんなことができるのか」

「やってみせます」

 國場は熱く訴える。

「JAXA内の企画調整委員でも進めておりますが、プロジェクトの成否は総理直属の内閣府宇宙開発戦略本部に納得してもらえるかどうかにかかっておりまして……」

「話はわかった」

 秘書に耳打ちされた室戸議員がいった。
 どうやら次の予定が迫っているらしい。

「官房長官と総理にも話は通しておく」

 礼をいおうと口を開きかけた國場を制止するように、室戸議員は人差し指を突きつけてきた。

「勘違いするな。現状の報告内容では判断しかねるということだ。とにかく君たちはその……『D計画』とかいうのの確度を高めろ。半年以内に、だ」

 失礼する、と手を挙げて去って行く室戸議員の背中を丁重に見送りながら、國場はこれから先のことに思いを馳せた。