【第2章 リフトオフ】
第9話
2030年、1月。
《響二〇号》が5分間の連続稼動に成功──その知らせを受けた國場が相模キャンパスから急いで木曽根基地に駆けつけたのは3時過ぎだった。
「遅れてすみません」
「いえ、ちょうど冷却も完了したところですよ。
いつでも再稼働できます」
「お願いします」
もらったテストデータの数値を一瞥しただけで、國場はまだ技術仕様を読み込んでいなかった。
「百聞は一見にしかず、やってみましょう」
クマさん、と白河が合図すると、阿吽の呼吸で大熊がうなずき、実験ユニットが稼働しはじめる。
200メートルを超す巨大な施設が唸りをあげて、稼働音が次第に高まっていく。
3、2、1――。
「稼働開始」
ガラス越しの中央操作室から大熊の声が緊張して強ばる。
測定機器の数値を読み上げる技術者たちの声もうわずっていた。
一度成功しているとはいえ、再現できなければ意味がない。
空気が張り詰め、全員の視線が中央の大型モニタに引き寄せられた。
数万度以上のプラズマを放つ照射用真空炉容器内を直接、肉眼で確認することはできない。
その熱を伝える無音のモニターを見つめながら國場は、施設全体が稼働する蠕動音を感じながら、祈るように両手を組み合わせた。
瞬きすら忘れ、大熊はモニタが映し出す計測エネルギー数値を凝視している。
逆に傍らにいる白河は目をつむったままだった。
「照射」
200メートルに及ぶ増幅器や発振器が生み出した20本の高出力レーザーが組み合わされ、1本に集束される。
白河の合図で、真空照射炉容器にピーク出力2000兆ワットのレーザーが1秒間に100回連射される。
人間の目には、絶えず一本のレーザーが照射されているようにしか見えないが、パルスレーザーは2000兆ワットのピーク出力に圧縮したレーザーの連射から成り立っている。
この連射をいつまで続けられるか。
これが白河たち光響大チームがこの5年間ずっと挑んできた壁だった。
「運転時間、1分経過」
國場や白河、大熊たちが祈るように見つめる先には、各発振器で発生したプラズマが発する熱がこもりはじめていた。
機材にこもった熱を冷却する必要が生じるまでが《響20号》の稼働限界時間だ。
刻一刻、一秒一秒確実に稼働時間は伸びている。
298、299、300――。
「運転時間……5分を経過!」
「稼働停止」
大熊の指令がマイクから流れた。
「稼働停止、冷却開始……」
スタッフの復唱のあと、制御室内は静寂に包まれた。
みなの視線が白河と、大熊に集まる。
「実験、成功です――」
誰もが拍手しはじめたのはそのときだった。
約五年に渡って研究を続けてきた《響20号》。
その運用課題解決の糸口が垣間見えた瞬間だった。
「ご苦労でした、ほんとうに、ほんとうに……」
震える涙声で、國場はいった。
「乾杯といきたいところですが、まだ試験を残していますので」
真面目くさっていう白河に、
「そんなカタイこといわず、今日ぐれえ一杯やったらどうですか、センセイ?
こうして國場さんも駆けつけてくれたんですから……」
頬を震わせ、涙をこらえて大熊がいう。
「いいや、クマさん。
あたしたちが乾杯するのは、あと5分──10分の連続稼動を達成したときだよ」
停滞していた稼働時間の問題に光明がさしたとはいえ、浮かれそうな自分に自戒をこめるような白河の口調だった。
「でなきゃ、《セクメト》の野郎を動かせないんだからね」
「そうですね……」
白河と大熊のやり取りを微笑ましくながめながら、國場は同意した。