【第3章 日米共同】
第11話
ニュースで《やたかがみ》ロケット一号機打ち上げ失敗が伝えられると、宇宙開発の停止を求める抗議の声が全国から巻き起こった。
開発費の総額は2000億円。
無に帰した打ち上げ費用。
開発ファクタが多く、誰もがリスクが高いと危惧したプロジェクトだった。
各メディアは「そらみたことか」といわんばかりの論調だ。
「何たる失態か!」
赫怒した室戸議員が机を叩いた。
叱責を受ける國場と加瀬は顔をうつむけている。
「……申し訳ございません」
消え入りそうな國場の声に、議員が不満そうな息を洩らす。
「ま、これでわかっただろう。
日本に大それた宇宙計画など不可能なんだ。
約束通り『D計画』は凍結。
今後数年はJAXAは予算が回ってこないと思えよ?」
「お言葉ですが」
加瀬が口を開いた。
「失敗から学ばなければ、それこそ税金の無駄になるかと。
今回の打ち上げは失敗したかもしれませんが、今後の開発に活かすべきです」
加瀬の言葉に耳を疑う、というように目を細めた室戸は、
「今後に活かすだと?」
ときき返した。
「太平洋に沈んだ《やたかがみ》と《H3-Bロケット》を回収するのです」
と加瀬。
「バカをいうな」
即座に否定した室戸議員は話にならない、と手を振った。
「どこが海底回収の予算を出すというのだ。
失敗の尻拭いなぞ、文科省も総務省も引き受けんぞ」
「しかし、第一段ロケットが途中で燃焼停止した原因究明をせねば、日本の宇宙開発は発展することがありません」
一歩も退かず加瀬が訴える。
意気消沈する國場とは正反対だった。
「安心しろ。
日本が今後、あのような大型ロケットを打ち上げることはない」
「つまり、発展する必要はないと……」
「君たちも諦めが悪いな。
第一段ロケットの打ち上げに失敗したら、その時点で『D計画』は凍結。
そう納得したはずじゃなかったかね?」
観念したか、瞑目した加瀬は口を閉じた。
議員の事務所に沈黙が流れる。
ここでなにを訴えようが、打ち上げに失敗した事実は変えようがない。
ここまで推し進めてきたプロジェクトが中断されることは不本意ではあるが、結果を出せなかったのは自分たちの責任で……。
破壊指令の一件以来、何度も自分自身にいいきかせてきた言葉をいま一度胸の裡で繰り返した國場だったが、「でも」「しかし」の反論はふつふつと湧き上がってくる。
《響20号》はピーク出力2000兆ワットの毎秒100連射、5分連続稼動成功。
《やたかがみ》だって世界初となる変形機構や人工知能制御のドッキング機構を搭載し、光学フェーズドアレイ装置の工学的意義は計り知れないものがあった。
なにより、地球近傍小惑星《セクメト》は依然、地球への衝突軌道をとっている。
人類に残された猶予は残り9年。
日本はこのまま『D計画』をあきらめ、他の国が解決するのを待つのか?
打ち上げに失敗しただけで、日本のすぐれた技術をこのまま埋もれさすにはあまりにも忍びない。
どうしたらいい?
そのとき、國場の頭にひらめきが走った。
打ち上げだけが、問題なのだ。
そこを解決すればプロジェクトは継続できる。
うつむいた顔を上げた國場は、
「米国に協力をもちかけてみてはどうでしょうか?」
思いつくままにいった。
「……米国だと?」
鼻で笑う室戸議員の声で現実に引き戻される。
「『世界初』は米国にとっても十分なメリットとなると思います」
自分で放った言葉の意味を、脳内で吟味しながら、國場は続けた。
『世界初』が『世界一』――特に宇宙開発の分野においては、各国が世界初の工学・理学的実証試験を争っているのである。
その『世界初』の試みをリスクも少なく手に入れられるとしたら……?
「『D計画』のリスクは3つ。
大出力レーザー施設の改良、宇宙機の開発、そして大型打ち上げロケットでした。
このうちすでに《響20号》と《LPHA》は実証段階にあり、大型ロケットは米国に実績がある。
だったら、ロケット打ち上げに関してNASAに共同体制をとってもらうことで、我々の負担を大幅に軽減することができます」
「米国の打ち上げ能力の高い大型ロケットに〝無賃乗車〟する代わりに、『D計画』を共同運用するというのか?」
國場に確認しながら、室戸議員にも説明するように加瀬はきいた。
「先生。NASAに提案させていただいてよろしいですね?」
決めかねるというように室戸議員は眉根を寄せた。
「ここまで開発費を注いできたプロジェクトの成果を、米国にみすみす明け渡すというのか?」
「ですが、このままでは宝の持ち腐れです」
海底探査の提案を蹴られた腹いせとばかしに加瀬が返す。
無言を返事にした議員は重たい溜息をついてから、
「まあ、尻の毛までむしり取られんようにな?」
といって話を打ち切った。