【第3章 日米共同】
第14話
「何をしにきた?」
身長2メートルはありそうな白人職員が、國場を見下すように威圧する。
打ち上げ計画で運用管制室を束ねる飛行主任である。
國場が挨拶に行くと開口一番に放たれたのが先の言葉だった。
「『D計画』の日本側プロジェクトマネージャーの國場です」
ほう、とフライトディレクターは目を細める。米国側の職員に國場が直接、指示を出すことはあまりない。
米国側のマネージャー、エドワード博士が指揮をするからだ。
しかし、《LPHA》の運用などでは臨機応変な対応や状況判断が必要になってくる。
伝言ゲームをしている暇が惜しい場合も当然ある。
そんなとき、日本側技術者と米国側技術者の連携がうまくいっていなければ、プロジェクトは立ちゆかない。
そう、國場たちの前に立ちふさがったのは、開発の壁だけではなかった。
まずぶち当たったのは〝言葉の壁〟だった。
開発の中心にいるのは白河や大熊、柊たち日本の技術者だったが、その回りにいるのはNASAの技術者たちだ。
彼らとの連携がうまくいかなければ、たった二年で技術課題を克服することなどできない。
プロジェクトマネージャーとして、なにができるか。
米国にきて半年。
國場が考えた苦肉の策が、コミュニケーションのきっかけづくりだった。
「自己紹介は済んだかな?」
嫌味をいう飛行主任に、國場は「ランチ休憩は空いている?」と問うた。
「なんだと?」
「実は、習字大会を開こうと思っているんだ」
「習字……大会……?」
開催のきっかけは日本側スタッフのミッションバッジだった。
『D計画』に携わる職員に配られるベースボールの形をしたピンバッジに、地球から伸びる《響20号》のレーザーと、それを受け止める《LPHA》、そして軌道変更する小惑星《セクメト》があしらわれたバッジの中央に、『源』の文字が刻印されていた。
日本的情緒の込められたモノづくり精神を『源』という一字に込めたバッジは、「その漢字はどういう意味なんだ?」と聞かれることが多かった。
「『源』というのは起源、という意味なんだけど、この漢字には水の原、水源という意味もある。つまり、水の星、地球って意味さ」
國場は説いた。
「『D計画』はレーザーで地球を救う計画だ。そのためには水の星に住まう僕たちは一致団結しなくちゃいけない」
その意味を聞いたエドワード博士は、「書き方を教えてくれないか?」といってきた。
「私のデスクに飾っておくよ」
そう尋ねてきたのはエドワード博士だけにとどまらなかった。
一つの文字にそこまでの意味が込められている。
そんな漢字の神秘性に興味を持つ職員が多かったようだった。
「どうだろう? 親睦を深めるために『源』の習字大会を開くというのは?」
JAXAにはどんなときにも遊び心を忘れない文化があった。
そこで國場が企画したのが『源』の習字大会で、参加者にはミッションバッジを配ることになっていた。
「やめておけ、國場」
当初、加瀬は反対した。
「お前の日米共同を円滑にするためのレクレーションとしてのアイディアはすばらしいが、かき回すことになりはしないか?」
そうかもしれない。
「それに、日米協調の重要性はあちらも承知の上だろう。釈迦に説法というやつだ。やめておけ、國場」
「しかし、運用管制チームと技術開発メンバーは、直接交流の機会も少ない。技術者の顔の見えないなかで、各セクションが円滑な調整を行うのに、やはりなにかきっかけが必要と考えます」
「JAXAには通じる〝遊び心〟が、NASAにも通用すると思わない方がいい」
「それでも試す価値はあると思います」
呆れた様子の加瀬は「好きにしろ」といって去っていった。
「ぜひ君にも参加してほしい」
ふんと鼻で笑った飛行主任は、「自分は興味が無いので参加しないよ」とあしらった。
「あら、私は参加するわ」
飛行主任から紙を取り上げたのはエフゲニア博士だった。
「日本語を書く機会なんてそうあるものじゃないもの」
思わぬ援軍に國場が驚いていると、女史は「それにあなた、『ブレードランナー』大好きじゃない」と付け加えた。
NASAで働く職員にとって、サイバーパンク映画の金字塔である『ブレードランナー』を知らぬ者はいない。
「この漢字と『ブレードランナー』がどう関係ある?」
「映画の冒頭、ハリソン・フォード演じるデッカード捜査官が座っている背後に映し出されているショーウインドウのネオンが『源』という漢字でしょう?」
確認してくる目を寄越すエフゲニア博士に國場は「そうなんです」と付け足した。
「ぜひご参加してください!」
國場の熱意に根負けしたように、飛行主任は肩をすくめて、「わかった、わかった。どこでやってるんだ?」と席を立った。
*
ランチ後の習字大会は盛況だった。
墨と筆に触れる機会ということもあって、たくさんのNASA職員が詰めかけたのだ。
國場たちも趣向を凝らし、習字を教える柊や白河は着物を着て指導した。
モジャモジャ髪を後ろで束ねた柊はその芸術家前とした雰囲気からまさしく習字の先生といった感じだった。
白髪の白河もご隠居さん然としていて趣があった。
「エフゲニア博士を味方につけるとはな?」
テーブルに習字のセットを広げ、あちこちで半紙に『源』の字を書くNASA職員をながめながら、加瀬がいった。
「彼女も、言語の壁が開発スケジュールの遅れにつながってはいけないと考えていたのかもしれません。やはり直接会ってお互いを知る相手の方が、対応は変わってきます」
これまで得体の知れない日本人技術者という位置づけであったろう、國場たちの印象が、きっとかわるであろうことは会場の雰囲気から確信できる。