【第3章 日米共同】
第16話
「海底探査……?」
意外の感に打たれた加瀬が放った言葉が、研究室にやけに響いた。
日本が担当するロケット打ち上げ計画を進めるべく、相模原キャンパスの宇宙輸送工学研究室を訪れた加瀬が聞かされたのは、民間企業と共同で進めているという海底探査プロジェクトの概要だった。
昨年10月に失敗した《やたかがみ一号機》の打ち上げ。
小笠原諸島の太平洋に沈んだままの《MⅢ-Bロケット》のメインエンジンを回収しようというのである。
「民間企業との協賛事業で進めてます」
御坂がこたえ、加瀬に計画表を差し出してくる。
「これまで、資金面の問題で海底探査は見送られてきました。現物がないなか、早期評価や事故原因を推測してきましたが、これでは根本解決にはならない。次の打ち上げでもおなじ事故が起こるかもしれない。だから次世代ロケット開発につなげるためにも、徹底的な原因究明は必要不可欠です」
「たしかにそうだが……まさか民間企業との共同プロジェクトを御坂さんが立ち上げていたとは驚きだな」
資料にざっと目を通す。
資金調達の計画書まである周到ぶりに加瀬は舌を巻いた。
協賛企業にはロケットエンジンの開発・製造を担当する八坂重工のほかにも、名だたる企業の名が並んでいる。
「税金を遣うことが問題視されているのであれば、税金に頼らず、民間企業からの出資でプロジェクトを立ち上げればいい。そこで、八坂重工さんはじめ民間企業さんとの協賛話が出てきたわけです。新型エンジンの設計から開発まで一緒に行う試みです」
これまでロケットエンジンの開発はJAXAと八坂重工の独擅場だったが、そこに民間企業も関わってくることで、宇宙開発事業に関する技術ノウハウが民間に広まるというわけだ。
これは企業にとってもメリットがある。
「確かに米国では民間企業の宇宙事業参入が活発化してきていたが……」
「日本ではまだ民間企業が宇宙開発のノウハウを蓄積するには至っていません。次世代の宇宙開発において民間企業もきっとロケット開発に参入したいと思っているはずだと考えたんです」
「後進の育成、か……」
次の世代を担う宇宙開発研究者を育てるためにも、民間企業との共同計画は意義のあるものだ。
もうすぐ五十五になろうとしている自分よりも、若い御坂のほうが将来の日本の宇宙開発を見据えていることを頼もしく思う。
「反対する理由はない。進めてくれ。國場には俺からも伝えておく」
「ありがとうございます」
これでエンジントラブルの原因究明が進む──。
懸案事項がひとつ解決に向け前進したことで、目の前が開けたような感慨があったが、加瀬は日本に戻ってきた本来の目的を思い返して、表情を硬くした。
「危急の問題は、第三弾ロケットの打ち上げを宇宙開発戦略本部が承認するか、だが……」
厳しい。
吐息混じりの言葉には、そんなニュアンスを含めていた。
昨年10月の打ち上げ失敗時には、連日、マスコミは国民の血税が宇宙開発に無尽蔵につかわれたか、またその技術革新の恩威を国民は受けることはなく、ごく一部の民間重工業会社だけが利をえていること――しかも地球近傍小惑星《セクメト》の衝突確率がわずか1割に満たないということなども取り上げられた。
実際には秘匿されているだけで、衝突確率は15%を上回っているわけだが……。
本当に衝突するのか?
6600万年前に恐竜を絶滅させたといわれる大質量隕石の衝突以来の災厄が本当に迫っているのか?
しまいには宇宙開発の予算を確保するために学者たちが大げさに喧伝しているのではないかといいいだすマスコミまであった。
「打ち上げ失敗は国民にとってもまだ記憶に新しい。参議院選挙を控えているため、与党も乗り気ではない……」
「室戸議員は……」
与党とのパイプ役になってくれている室戸議員は、いまでは宇宙開発を推進した議員として批判の矢面に立たされている。
討論番組などではヒステリックな野党議員に詰問され、いい加減な宇宙開発の知識を露呈し、失笑を買っていた。
「『D計画』の日本側負担については、近々臨時会を招集して再審議することになっている」
頓挫しかけていた『D計画』を米国が引き受けてくれたのだ。
日本としても分担には極力手を貸さねば礼を失するであろう。
しかし、与党議員たちがどれほど『D計画』の重要性を認識していても、選挙に勝てなくては意味がない。
ジレンマだった。
「御坂さん。海底探査の結果、ロケットエンジン故障の原因究明につながれば、宇宙開発戦略本部の説得材料にもなります。失墜した日本のロケット技術の信頼を取り戻す好機です」
やってみせる──目に力のこもった御坂がひとつしっかりとうなずいた。