【第5章 星を動かすもの】
第31話
コンポーネントの爆発事故によって、シャイアン・マウンテン空軍基地の《響22号》の再稼働は絶望的となった。
白河が懸念していたとおり、当該箇所のみならず、無理な運用によって光学部品が傷つき、その修繕には半年以上を要する見込みだった。
ところが、プロジェクトリーダーの國場たちはあらたな修正案を練り上げ、いまはその実現に向け、JAXAのみならず日本政府が動いているという。
長野県、木曽根町。
《響20号》のレーザー設備のある木曽根基地を白河が訪れたのは、6年ぶりのことだった。
光響大学の設備をさらに改良する形で研究を大きく進めた木曽根基地の外観を眺め、白河は郷愁の念を感じずにはいられなかった。
「クマさん……帰ってきたよ」
つぶやき、施設内に足を踏み入れた白河を出迎えたのは、意外な人物だった。
「センセイ」
女性の声に呼びかけられ、白河ははっとした。
顔を上げればそこには、大熊の娘、寛子が立っているではないか。
「寛子さんじゃないか……」
目を見開いた白河は、寛子が「大熊電機」と刺繍の入った作業着を羽織っていることに気づいて、さらに驚かされた。
「どうしてここに……」
動揺する白河に寛子は、
「大熊電機の社長ですから」
とこたえる。
すぐに彼女のあとに続いて、大熊電機の古参技術者たちが姿を現した。
「あんた、大学は……」
たしか寛子は大学院に進むという話だった。
研究室を家業を継ぐために出ていってしまった父と同じ運命を自ら選んだというのか?
答えはわかりきっていたが、白河はきかずにはいられなかった。
「研究室では地球を救えません」
寛子の声は勉学を志半ばで挫折せざるを得なかった者の諦念は感じさせなかった。
むしろ彼女の声には、強い意志と、希望が宿っている。
そう、希望。
「ここには、地球を救うヒーローがいるんです」
ヒーローは参っちまうな、と技術者たちが照れて笑い、その場がわっと沸いた。
「さすがクマさんのお嬢ちゃんだ」
と囃す者もいる。
「センセイ」
真剣な声を放った寛子は、
「あと数ヶ月で、木曽根基地の《響二〇号》を改修する必要があります」
と続けた。
「ああ……」
大熊を失ってからこの方、生きている心地もせず、まるで自分が機械になったかのようにただただ続けてきた技術開発。
冷たい印象のその言葉が、いま、「ものづくり」というどこか日本人の魂を宿す温かみのある言葉に変換されて、白河の胸に落ちる。
こいつらとなら、できる。
そうだろう、クマさん──。
「わかってるだろうね?」
白河は憎まれ口を叩いた。
「わたしゃ、ねちっこいからね? 《響20号》の改修は地獄になると思っておくれ」
「はい!」
ここからが正念場だ。
日本の技術者たちの最後の戦いがはじまった。