【第5章 星を動かすもの】
第32話
2037年1月6日、午前5時半。
日の入り前の木曽根町の駒ケ岳山頂には、自衛隊車両が大挙して押し寄せていた。
車両はいずれも巨大な板を背負い込んでいる。
それは二次元光学フェーズドアレイ装置《LPHA》の地上量産型ともいうべき代物だ。
カーキ色にカラーリングされたその装置が、レーザーを偏向させる鏡のような役割を果たすようにはとても見えないだろう。
世界各国の研究施設から照射されるレーザーを集約するため、地上量産型《LPHA》の配置はすべて入念に計算されたものだ。
ここまで万事順調に運んでいる。
果たして切り抜けられるかどうか不安になるような窮地に追い込まれた今までとは打って変わって、目の前が開けたような気分だった。
午前6時。
雲をも見下ろすはるか山の上から、明るみはじめた空をバックに、各車両からリフトアップされた10メートルを超える巨大な平板な《LPHA》が無数に地上に並ぶさまは、圧巻の景色だ。
「地上用《LPHA》、配置完了しました」
無線で報告を入れた御坂は、筑波宇宙センターに控える國場からの返答を待った。
「御坂さん、ご苦労でした」
國場が応じた。
「いえ、こうしてお手伝いできて、光栄です」
世界各国から放たれたレーザーを、3億キロ離れた《LPHA》連結体に届けるためには、公転軌道上からレーザーを打ち上げなければならない。
そこで宇宙通信基地のある臼田に最も近い長野県木曽根基地に日本のレーザー集約拠点を儲けることになったのだった。
全世界の研究機関との連動。
無謀とも言うべきこの作戦を成功させるため、JAXA内でも部署間の縦割り構造を越えて──といってもJAXAはもともと部署間に距離はないのだが──人員が参加していた。
エンジン担当の御坂がレーザー集約拠点を任されたのも、ひとつは本人の立候補、もうひとつは『D計画』に深く関わり、緊急時の対応を期待されてのことだった。
なにしろ御坂は、《LPHA》を打ち上げるために柊から直接、その宇宙機の各重量を出来得る限り削減するという共同作業で、柊についで《LPHA》のことをよく知る人物であった。
「しかし、よく米国もこの作戦に乗ってくれましたね?」
朝日に照らされ、高原地帯にいならぶ地上用《LPHA》を眺めながら、御坂はいった。
カリフォルニアのゴールドストーン。
スペインのマドリード。
オーストリアのキャンベラ。
経度の異なる世界各国に通信基地を持つ米国が『パワーグリッド作戦』に名乗りを上げたのは、室戸議員の外交努力と、エドワード博士のひと押しがあったからだった。
「エドワード博士は食えない男だが、悪人ではなかった、ということさ」
國場はこたえた。
当初、米国側が《響二二号》の再稼働を強行させたのは、日本主導によるレーザー軌道変更作戦ではなく、NASAが用意していたオプション──『プランB』を推し進めるためではないかという憶測が飛び交った。
だが、事実は違った。
エドワード博士は《響二二号》の失敗の責任を取って退き、いまはエフゲニア博士が米国側のプロジェクトリーダーとなった。
そして、退いたエドワード博士が世界各国の宇宙機関に掛け合い、実現したのが今回の作戦だった。
御坂は腕時計を確認した。
午前6時半。
作戦開始は間もなくだった。
「それでは、國場さん。よろしくお願いします」
「ええ……必ず、成功させましょう」
通信はそこで切られた。