魔光少女 プリズム響

PHASE=002 夕暮れ迫れば Mode-Locking!!

グラウンドで部活動をつづける男子たちの声にも、疲れの色が窺いはじめるころだった。
図書室の鍵を閉め、ふと学校の裏手を見やった石英[せきえい]すみれは、大文字山に向かって走っていく響の姿に目を留めた。

響はすみれの同級生で、小さなからだ全身で感情を表現する天真爛漫な女の子だ。
好奇心旺盛で、クラス委員も自ら立候補して務めている。

一方、すみれはというと……。

長い黒髪と透き通るような白い肌。
よく魔導書のような図鑑を抱えているので、ある種浮世離れした、近寄りがたい雰囲気を醸していた。
人付き合いが面倒なすみれは、体調不良を言い訳にして学校を休みがちだった。

そんなすみれにプリントを届けて、ノートのコピーを取らせてくれるのが、響だった。
最初はおせっかいだと思いながらも、けっしてすみれに深く立ち入ろうとはせず、いい意味で放っておいてくれる彼女の心遣いを、どこかでありがたくは思っていた。

響の様子がどこかおかしいと感じはじめたのは、1ヶ月前からだ。

光学についてわかりやすくまとまった本を探してるんだけど、なにか知らない?

相談を受けたすみれは、図書委員を務めており、物理学の初歩をわかりやすく紹介する本を薦めたのだった。

以来、彼女はその本を一文字一句見逃すまいと休み時間も読み込んでいた。

そもそも漫画しか読まない——いや、それさえ怪しい彼女が、どうして急に物理学に興味を持ったのか?

そして今、なぜ通学路ではない山道に向かって走り去っていったのか……?

内奥から湧き起る他人への興味——思えば自分にしては意外な感情だった。
気づいたときにはすみれは、響の後をつけていた。

30分後、目の前には驚くべき光景が広がっていた。
響が鋼鉄の箒[ほうき]にまたがり、空を飛んでいたのだ。

まるで魔女のように……。

ただ、くるくると回転しながら宙づり状態になり、ふたつくりの髪がぶらりと垂れ下がってはいたが。まだ不慣れなのかもしれない。

「肩の力を抜いて、思念を利得媒質[オプト・クリスタル]に集中するんだ」
バリトンの利いたアドバイスが飛ぶ。

響がアドバイスに従って小さな手で鋼鉄の箒——どうやらフォトナイザーというらしい——の柄を握り直すと、その先端の結晶体が紅く輝いた。
間もなく響は180度回転して完璧な平衡状態を取り戻す。

そっとすみれが後ずさったとき、不意に木の枝を踏んでしまい、みしりと乾いた音が周囲に響き渡った。

響がはっとこちらを振り向く。
目を見開いた彼女は、「すみれちゃん……」と言葉を洩らした。

「何者だ!?」
《アンコ》が響に問うた。

「私の友達よ」
響がすみれに一歩近づくと、すみれはさっと身を引いて響と一定の距離を置く。

「本当に〝友達〟なのかな?」

《アンコ》の嫌味が飛んだかと思うと、突然、彼のオプト・クリスタルが陰鬱な赤い警告の色を放った。

「反応、近い!」

「まさか……《ジェイド》!?」

途端、夕空を真っ黒に染めるように、コウモリの大群が響たちの頭上を過ぎ去っていった。
異常に膨張した背中に翡翠[ひすい]石に似た発光体が貼りついているのを確認する。

《ジェイド》は外宇宙から地球に墜落したケイ素生命体の無人兵器群だ。

地球上の生物〝炭素生命体〟と融合し、地球上に存在する光エネルギーを無尽蔵に吸収しようとする。

外宇宙の光テクノロジー《魔光》を操る魔光少女となった響は、《ジェイド》を捕捉尽滅しなければならなかった。

「今のは……何!?」
すみれが声を震わせる。

《アンコ》が提灯からレーザー光を照射した。
響とすみれの足もとから小さな幾何学模様の洪水がホログラムのように湧き上がったかと思うと、折り重なった複数のウインドウを眼前に展開させる。
そこに京都近郊の地図が示され、コウモリの大群の飛行速度と方角、風の向きなどを考慮に入れた演算結果が表示[ディスプレイ]される。

演算上の矢印は、太鼓山風力発電所へ向かっていることを伝えた。

「風力発電所……?」
響が眉をひそめる。
「コウモリが風力タービンに引き寄せられるっていうのは聞いたことがあるけど……」

「《ジェイド》はその習性を増幅し、発電所のエネルギーを吸い尽くすつもりだろう。すぐに向かってくれ!」

響がフォトナイザーにまたがった。

「すみれちゃんはどうするの?」

「秘密を知られた以上、このまま帰すわけにはいかない。彼女は私が責任を持って連れていく!」
そう言うと《アンコ》は光貨物網[レーザーカーゴ]をハンモックのように展開して、すみれを抱えた。

突然、光の網に捕われたすみれが短い悲鳴をあげる。

「いくよ!」

《プリズム☆響》が戦闘靴[コンバット・ブーツ]で地面を蹴った。
すると、フォトナイザーが発進し、急上昇する。
ピンクを基調とした戦闘服[バトルドレス]が、風をはらんでひらひらとなびいた。

《ジェイド》の大群に追いつくため、響は腰を落として思念を集中する。
まるでアフターバーナーを点火させた戦闘機よろしく、響のフォトナイザーは限界まで加速した。

北上すること数十分——。
コウモリの群は、すぐ目の前に迫っていた。

(集団で行動している……?)
響はすぐ後ろを飛行する《アンコ》に媒質通信[オプト・リンク]を飛ばした。

(《ジェイド》は制御不能[アウト・オブ・コントロール]だったんじゃないの?)

(それぞれが〝エネルギー供給源を探す〟という単純な本能[プログラム]に忠実なだけだ。
結果、統制のとれた群行動[チームプレー]のように見えているんだろう)

(統率者[リーダー]不在ってことは、個別撃破しかない……)

上空五百メートル。
夕日が沈みかけた眼下の若狭湾には、真っ黒な水面が広がっている。

響は低姿勢になり、さらに加速をかけた。

「フォトニック・アンプリファッ!」

コウモリの集団を追い抜いて、先端の紅水晶[ローズクォーツ]からレーザー光線を放つ。
攻撃を受けた《ジェイド》が一体、群を離れて若狭湾へと堕ちていく。

だが、倒すべき《ジェイド》コウモリはまだまだ無数に上空にあった……。

このまま若狭湾を通過されれば、風力発電所に到達されてしまう。

「これじゃ、埒があかない!」
挫けそうになりながら、響はレーザーを連射する。

その刹那、コウモリの大群が隊列を変形させた。

Yの字に先割れした群は、響を囲み込み、四方八方から反撃のレーザー光線を浴びせかけてくる。

まるで流星群が一極集中して襲いかかってくるかのようだった。

「響!」

《アンコ》が提灯の先から閃光を放つ。
響の周囲に光の盾、囮[デコイ]を散布して、敵の攻撃を相殺。レーザー同士がつぎつぎぶつかり合う音波[フォノン]が上空をびりびりと震わせる。

回避は絶望的と思われるレーザー攻撃の雨のなかを縫い、響はなんとか切り抜けていた。

だが、彼我兵力差はいかんともしがたい……。

ついに響は、肩に《ジェイド》のレーザー攻撃を受けてしまう。
フォトナイザーが傾いで墜落しかける。

戦闘服で護られ、レーザーの貫通は免れた響は、痛みをこらえてなんとか体勢を整え、戦線から離脱しようとする。

——が、《ジェイド》コウモリの大群は響を見逃さない。

2手に分かれた群は、一方が発電所へ、一方が彼女へ襲いかかってきた。

「響を助けて……!」
黒焦げた戦闘服の響から視線を移したすみれが《アンコ》に訴えた。

「モード同期[ロック]ができればいいのだが……」絞り出すように《アンコ》が応じる。

「オプト・クリスタルに蓄積された反転分布エネルギーを集中させ、超短パルス光として取り出すんだ。
それができれば、同一射線上に群を置いて、一気に掃滅できる」

だが——そのためには響のフォトナイザーで変調作業を行う必要がある……。

「私にもなにか手伝わせて! このままだと、響がやられちゃう!」

どうしてこんなに感情的になっているのか……?

自分でも説明がつかない。
ただ、ひたむきに闘う響の姿にどこか心打つものがあったからかもしれない。

「やむをえまい……」
《アンコ》は提灯から紫水晶[アメシスト]を取りだして、それをレーザーカーゴのなかのすみれの手もとへ落とした。

「オプト・クリスタル。
響と同じように魔光[まこう]による特殊な力を君に付与してくれる。
起動パスワードは、《オプト・クリスタル・プリズムアップ》だ」

「とにかく私は時間を稼げばいいのね?」

「私も掩護[えんご]する。無理はするなよ!」

こっくりとひとつうなずいてから、すみれは手もとの紫水晶にそっと吹き込んだ。

「《オプト・クリスタル・プリズムアップ》!」

すみれが紫色の光に包まれ、カーゴを破裂させる。
《プリズム☆すみれ》に変身した彼女は、紫を基調とした戦闘服を身にまとっていた。
プリズムの髪留め[バレッタ]の輝きが、黒髪を青紫に映えさせている。
フォトナイザーにまたがったすみれは、すぐに響のもとへ駆けつけた。

(響! 君の〝学友〟が《ジェイド》をおびき寄せてくれる!)
《アンコ》がリンクを飛ばす。

(すみれちゃんが!?)

《ジェイド》のレーザー攻撃を躱[かわ]しながら周囲を見まわすと、紫色の戦闘服を着たすみれが奮迅していた。

小さな光の盾で弾幕を張り、雨霰[あめあられ]と降り注ぐレーザーを屈折させている。

(今のうちに君は、モード同期で《ジェイド》をなぎ払え!)

(……了解!)
響は《ジェイド》コウモリの群を擦り抜け、目前に迫った丹後半島を背に、改めて大群と対峙した。

目を防眩バイザーが覆い、外宇宙の未知の表示がモード同期レーザー発射までのカウントダウンを開始する。

(早く……)
響は祈るようにオプト・クリスタルに全神経を集中する。

デコイを通過したレーザーが1本、また1本とすぐ脇をかすめていく。
すみれにもそろそろ限界が迫っているはずだ……。

無限とも思える時間が経過した。

バイザーに表示されていた変調作業の波形グラフが帯状になり、それぞれの位相が整合されたことを響に伝える。

(よおおおおしっ!)

演算結果が表示され、モード同期レーザーの射線上に《ジェイド》コウモリの2つの大群が据え置かれる。

(モード同期完了! 誤差修正……脅威目標捕捉! 発射!)

響のリンクと同時に、《アンコ》は脊髄反射的に反応した。

すぐすみれとともに戦線離脱。

次の瞬間、フォトナイザーの先端にある紅水晶から放たれた赤い光が、瑠璃[るり]色の空を裂いた。
モード同期レーザーは《ジェイド》の群を一瞬にして焼いていった……。

《ジェイド》との戦いを終え、《アンコ》は改めてすみれに外宇宙からの探査船《ダイソン》が京都に墜落したことを説明し、響とともに《ジェイド》の捕捉尽滅に力を貸して欲しいと依頼した。

「すみれちゃん、ごめんね? こんなことに巻き込んじゃって……」
響が言うと、すみれは口端を緩めて響に言った。

「わかってる。わたしがいないと、ダメなんでしょ?」