PHASE=014 鬼神がごとく Radical
1
翡翠[ひすい]色の柔肉を創発[エマージェンス]し、宇宙船から怪獣のように変貌を遂げた《ダイソン》は、大文字山の火処で動きを停止させていた。
闇夜に溶け込みそうな柔肉はぐにゃりと地面に落ちて、不気味なハニカム孔の集合体がすみれと《アンコ》を見下ろす。
(そろそろまずいな……)
《ダイソン》のプログラム内に光の〝意志〟となって没入[ジャックイン]した《アンコ》は、響よりも一足先に意識を再構築[インスタンス]し、現実に舞い戻っている。
その《アンコ》が、不安を口にした。
(侵略形態に移行した《ダイソン》がいつ再起動[リブート]するかわからない。すみれ、もしもの場合は……)
(そんなことできない!)
すみれが《アンコ》を遮った。
(響を見殺しにするなんて……)
(響なしで、暴走した《ダイソン》を倒すことはできない……)
非情にも《アンコ》が事実を述べる。
(京都は——否、世界は《ダイソン》に滅ぼされてしまうんだぞ!?)
そのとき、《ダイソン》から甲高い悲鳴のような音波と共に、翡翠色の光が漏出し出した。
まるで宇宙船のつなぎ目から光が漏れだしたかのように、《ダイソン》のあちこちに幾何学模様が走った。
(何が……起きたの!?)
すみれが《アンコ》に問う間もなく、散乱していた光がすみれたちのいる地面のある1点に集中する。
途端、光の中から少女のほっそりとした体のラインを浮かびあがらせた。
(響か!?)
《アンコ》が思わず身を乗り出す。
だが《ダイソン》から照準[ポイント]された光のあまりのまぶしさに、《アンコ》もすみれも目を細めざるをえなかった。
数十秒ののち、まばゆいばかりの光は収束し、光の靄も晴れた。
そして——すみれたちの目の前に立っていたのは、黒い戦闘服[バトルドレス]に身を包んだ魔光少女だった。
黒い魔光少女——。
すみれは警戒してフォトナイザーを構える。
黒い魔光少女ことゆう子は茫然自失の状態で、自分がいまどこにいるのかもわからない様子だった。
でも死んだ魚のような目をしていた彼女の瞳には、いまはたしかに生気が宿っている。
「響……響がわたしのこと呼んでた気が……」
そうつぶやいたゆう子は突然、涙を流しはじめた。
「先輩……?」
緊張を弛めたすみれがゆう子に一歩近づく。
「すみれちゃん……?」
顔をあげたゆう子が鼻をすすり、
「響は……どこ?」
すみれは黙った首を横に振った。
「まさか……まだ《ダイソン》の中に?」
一同が《ダイソン》を振り返った。
パイプオルガンの鍵盤をいっせいに押したような不協和音がつんざいた。
途端、柔肉が波打ちながら動き始める。
(危険だ!)
触手の1つが、鞭のようにしなってふたたびすみれたちに迫った。
素早くフォトナイザーに乗って空へと舞い上がり、地面に打ちつけられた触手の攻撃を躱[かわ]した魔光少女たちは、空中から《ダイソン》の再起動[リブート]をただ見守るしかなかった。
無茶苦茶に触手を振り回し、暴れまくった《ダイソン》は態勢を崩してばったり倒れた。
周囲に反響がどよもし、大地を揺らす。
もくもくと立ちのぼった土煙が周囲を覆い、視界を遮った。
(《ダイソン》を倒したの!?)
すみれのリンクに応えず、《アンコ》はただただ事態を見守った。
と、太い翡翠色の柔肉が煙に混じってうねるように動き始めたかと思うと、恒星間宇宙船の船体を地面と水平にした。
「いかん!!」
《アンコ》が叫んだ。
間もなく《ダイソン》は巨大蜘蛛のように四つん這いになって大文字山を猛スピードで下りはじめた。
山の木々をレーザーで伐採しなぎ倒しながら猛進する様は、宇宙船とはとても思えない、巨大な怪物のようだった。
山滑りして烏丸のオフィス街へと向かう《ダイソン》の動きを阻止すべく、《アンコ》が飛んでいく。
「《アンコ》!!」
《アンコ》の独断専行を追うようにすみれがフォトナイザーを反転させる。
すみれのすぐ後を追ってゆう子も《ダイソン》を追走する。
「すみれ! いっせい攻撃で《ダイソン》を破壊するのよ!」
「そんな!? 響がまだ……」
「その響の犠牲を無駄にするつもり!?」
《アンコ》が提灯の利得媒質[オプト・クリスタル]からレーザーを放つ。
だが《ダイソン》は振り返りもせずに《アンコ》の攻撃をはじき返した。
空中で高出力のエネルギー同士が爆ぜる。
(このままじゃ、京都の町が侵略されちゃう!)
黒い魔光少女は宙返りしてフォトナイザーを反転させ、山滑りする《ダイソン》に追いついた。
(通すか!)
そう言うや否や、ゆう子が背負う超純度高密度吸収性ケイ素結晶体が空中分解する。
黒い円筒型[シリンドリカル]のケイ素結晶体は、それぞれ意志を持つかのように楕円を描いて周回する。
「ブラック・ソリッド・マキシマム!」
彼女が唱えた途端、円筒型の結晶体がフォトナイザーの先端に内蔵された黒水晶[モーリオン]に対して一列に並び、レーザー攻撃を励起する。
だが、《ダイソン》はまたしても強力な光を閃かせたかと思うと、ゆう子の攻撃をはじき返してしまう。
跳ね返ったレーザーが魔光少女たちのすぐ側をかすめて大文字山の斜面を焼いた。
背後で猛烈な爆発が起きて、轟音が響き渡る。
《ダイソン》はさらに見る見るスピードを上げて山を滑っていった。
(どうしたらいいの!?)
ゆう子が《アンコ》に問うた。
(どうしたら奴を止められるの!?)
(黒森博士は……君の父上と結合していた《ジェイド》は、どうやって《ダイソン》を破壊するつもりだったんだ!?)
(想定していた《ダイソン》のスペックと、いまの《ダイソン》とは比べものにならない……)
(創発[エマージェンス]か……)
(ちょっと待って!)
すみれがたったいま思いついた閃きをフォトナイザーにまたがったままリンクする。
(雷を誘雷するために作った部品は、《ダイソン》に残されてるんじゃないの!?)
3人は林をなぎ払いながら山を下っていく《ダイソン》を猛追し、その背中に仮設誘雷塔の一部が背中に突き立っていることを確認した。
(どんなに強力なレーザーで攻撃をはじき飛ばそうと、誘雷塔を狙えば、攻撃を吸収し、そして……)
(エネルギーを分散する術——光を吸収する《ジェイド》を失っている《ダイソン》は、耐えきれず破壊される……!?)
(わたしのケイ素結晶体を使って!)
感応波によってゆう子の周りに浮かんでいたケイ素結晶体が分散し、すみれと《アンコ》の周りに移っていく。
(誘雷塔に攻撃を集中するの!)
(わかった。だが……)
《アンコ》がためらった。
(すみれ、君にできるのか!?)
覚悟を決めたすみれはしっかりとうなずいた。
(だって……響が守ろうとしたこの町を……守らなきゃ!!)
(いくわよ!)
フォトナイザーを握る手に力を込めた魔光少女と《アンコ》たちは、腰を低くして稲妻のように空中から《ダイソン》に向かっていった。
風を切り、戦闘服がなびくのも気にせず、ただ一心不乱に《ダイソン》の仮設誘雷塔を目指す。
攻撃の一点集中——。
ケイ素結晶体をオプト・クリスタルの前に並べ、思念を送る。
「ブラック・ソリッド・エキシマム!」
「フォトニック・アンプリファ!」
2人の攻撃がケイ素結晶体によって励起されて、合波される。
紫と黒と翡翠色の光が合わさって太い光軸となり、《ダイソン》の仮設誘雷塔に直撃した。
ヴヴゴゴゴオオオオオオオオオオオオ!!
喉を詰まらせた断末魔の叫びのように、《ダイソン》が攻撃を受けてのたうち回る。
魔光少女たちの必殺の高エネルギーを分散しきれずに、《ダイソン》は内部崩壊する……。
そのはずだった。
(《ダイソン》が……創発[エマージェンス]している……!?)
《アンコ》が声を上げた。
宇宙船を構成していた鋼鉄を脱ぎ捨て、翡翠色の柔肉の束のみになった《ダイソン》は、驚くべき姿を創発したのだ。
魔光少女たちの前に残った《ダイソン》は、巨大な女神のような姿をしていた。
2
柔肉や触手を体中にまとわりつかせる〝彼女〟——《ダイソン》は、まるでギリシャ神話に登場するゴルゴン3姉妹の1人、メドゥーサを連想させた。
(響だ!)
《アンコ》が言った。
(響の肉体の情報を元に再現したんだ!)
《ダイソン》が一歩踏み出した。
両目から翡翠色の閃光を放ったのも一瞬、魔光少女たちの足下に着弾したレーザーが地面を焼いて爆発した。
爆風に吹き飛ばされた魔光少女たちが歯を食いしばって起き上がると、爆縁の合間を縫って《ダイソン》がこちらに迫ってくるのが見えた。
(もはや……これまでか)
《アンコ》が絞り出したような声を漏らす。
すみれはフォトナイザーを支えに起き上がろうとしたが、踏ん張りが利かず、なかなか立ち上がれない。
(くっ……! ごめん、響……)
悔しさにすみれは涙がこぼれそうになった。
魔光少女たちの目の前にまで迫った人型《ダイソン》が、ゆっくり少女たちを見下ろしてから、トドメの攻撃を放った。
両目から再び翡翠色の閃光が起きる——。
痛みも感じないほど一瞬で、光に焼かれて死ぬのだろうか?
ぎゅっと両目をつぶったすみれは、しかし、まだ自分の意識が保たれていることを悟って顔をあげた。
すみれと《アンコ》、そしてゆう子の3人を、温かい光が守っている——。
ドーム型に展開した光は、人型《ダイソン》の攻撃を防いでくれていた。
(何が……起きたの!?)
すみれと同様に疑問に思ったゆう子がリンクしてくる。
(この光……)
自分たちを守ってくれているドーム状の光を見定める《アンコ》ははっとしたように呟いた。
(まさか!)
人型《ダイソン》が脱ぎ捨てた宇宙船の残骸を振り返る——。
魔光少女たちを守るドーム型の光の盾は、残骸から放たれていた。
(響!?)
すみれのリンクと時を同じくして、宇宙船の瓦礫が崩れ、紅き魔光少女が姿を現した。
すす汚れた彼女は、フォトナイザーを支えに瓦礫を抜け出し、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
(みんな、お待たせ!!)
(仮設誘雷塔に吸収されたわれらの攻撃は、《ダイソン》の創発を誘発した——だが、同時に響の〝意志〟を再構築[インスタンス]するエネルギーも与えていたんだ!)
《アンコ》が励まされたようにリンクした。
再会を喜ぶ間もなく、人型《ダイソン》が以前よりも倍加する攻撃を放ってきた。
両目から放った光をはじき返すように、響はフォトナイザーをひらりと《ダイソン》に向けた。
「フォトニック・アンプリファ!」
激烈なエネルギー同士がぶつかり合い、爆圧となって周囲に拡散する。
(黒い魔光少女!)
すぐさま体制を立ち直しながら《アンコ》がリンクする。
(ケイ素結晶体の力を……いま再び貸してはくれないか!?)
(3人の攻撃を集中するのね?)
残されたわずかな体力を振り絞って膝をつくゆう子が応える。
(ケイ素結晶体と3人の魔光少女がいれば、高強度のラジカルビームを創発できるはずだ!)
疲弊した響を助け起こしたすみれが、ゆう子の元へやってくる。
(ありがと……すみれちゃん)
(先輩……!)
ゆう子にすみれが声を掛ける。
(今度こそ、仕留める!)
そう言ってゆう子は防眩バイザーで顔を覆う。
それに習って響もすみれもバイザーを下げた。
(みんな、力を貸して!)
響がフォトナイザーの先端を高く掲げる。
すみれもゆう子も、自分のフォトナイザーを高く掲げた。
そんな魔光少女たちへ、容赦なく人型《ダイソン》が迫ってきた。
バイザーの表示に計算画面があらわれ、《ダイソン》に照準[ポイント]されたことを伝える。
(いくよ、みんな!)
「ラジカルビーム!!」
3人が同時に唱えた途端、ケイ素結晶体が人型《ダイソン》に向かって飛んでいった。
《ダイソン》は結晶体を次々撃破していったが、3人の魔光少女が放ったラジカルビームが励起されるのを食い止めることはできなかった。
最後の結晶体が破壊されるのと同時に、紅、紫、黒の3色の光軸がらせんを描いて合波され、《ダイソン》の胸を貫いた。
胸の穿孔は次第に体全体へと拡がり、人型《ダイソン》は光に包まれながら粉々に消滅していった。
大文字山の火処には、〝意志〟を吸い取られた特殊部隊の男たちの死体と、黒森博士の亡骸が横たわっていた。
変身を解いたゆう子が父の側にひざまずく。
「父さん、ごめんね? ケイ素結晶体を……父さんの高出力デバイスを壊しちゃった……」
ゆう子は目に涙を溜めて声を震わせた。
「先輩……」
響とすみれはゆう子に掛けるべき言葉を探して黙り込んでしまった。
「でもわたしは1人じゃない」
ぽつりと言ってゆう子は立ち上がった。
「父さんと同じ悲劇を2度と繰り返さない——そのために、京都に散らばる《ジェイド》を殲滅する……!」
3人の魔光少女はしっかりとうなずき合った。