魔光少女 プリズム響

PHASE=017 漏出魔光 Evanescent light / Skyfall (前編)

1

高く、高く、さらに高く——。
鋼鉄の箒であるフォトナイザーにまたがった紅光響は、急加速の勢いでふたつくりの髪をなびかせ、地面とほぼ垂直になって空をのぼっていった。

今、真っ青に晴れ渡った空には、3人の魔光少女と、一匹の提灯《アンコ》が浮かんでいる。

(《ジェイド》と融合したレーザー測量機搭載型無人航空機は、いつ何時上空からの無差別レーザー攻撃を仕掛けてくるかわからない!
ゆう子、すみれ、警戒を怠るな!)
《アンコ》が媒質通信[オプト・リンク]を魔光少女たちに飛ばす。

(わかってる! 守りは任せて!)
石英すみれがただちに応じた。

(でもちょっと、守備範囲が広すぎるけれどね……)
防眩バイザーを下げながら黒森ゆう子がリンクする。

魔光少女たちの意気込みの声を聞きながら響は、事件の発端と敵についての情報を頭に思い起こしていた。

京都市内の山や田畑にミステリーサークルが出現している……。
当初は大文字山に代表される送り火を模倣した愉快犯による犯行が疑われたが、草木を焼いてその大地に刻まれた文字は、外宇宙の——ケイ素生命体の言語であった。

描かれた文字の意味は、《アンコ》によれば〝秩序〟を意味するものだという。

精神の座である巣を失ったミツバチがごとく、制御不能[アウト・オブ・コントロール]に陥った《ジェイド》たちは、京都市内に拡散している。
その混沌とした制御不能[アウト・オブ・コントロール]のなかで、《ジェイド》は文字をレーザーで焼きつけて残すことで、相互接続[コミュニケーション]する術を創発[エマージェンス]しようとしているのかもしれなかった。

これが研究所での発見であるならば、知的生命体の誕生と喜ぶところだが、敵は京都を、地球を侵略しかねない外宇宙の群[スウォーム]兵器である。

また、相互接続[コミュニケーション]を模索するために田畑にレーザーを刻む行為がいつ、京都市内への無差別レーザー攻撃に変わるかは、《ジェイド》が制御不能[アウト・オブ・コントロール]である以上、予測がつかない。

では、落書き《ジェイド》はいったい何と結合したのか……?

魔光少女と《アンコ》は、航空レーザー測量のために飛行中だった航空機が《ジェイド》と融合したのではないかと考え、上空から敵を待ち構えていた。

そして、2時間前、《アンコ》のレーダー網に見事に引っかかったのが無人航空機《ジェイド》だったというわけだ。

この敵の無差別攻撃を防ぎつつ、《ジェイド》を倒すという空中作戦のため、魔光少女たちはいま一計を講じている。

フォトナイザーにまたがったゆう子とすみれが二手に分かれ、京都市上空を防衛。

響は前衛[ポインター]を担当し、航空機を追跡、《ジェイド》を殲滅する。

響がくるくると空中を翻り、ついに雲の上まで突き抜けた。

降りそそぐ陽光に目を細めつつ、防眩バイザーの表示[ディスプレイ]に警告[アラート]音が鳴り響く。

(目標捕捉! 響、見えたぞ!)
《アンコ》が言うと間もなく、防眩バイザーが光学処理し、拡大した画像を目の端に表示する。

翡翠[ひすい]色の閃光を明滅させた無人航空機は、響に気づいたのか、機体を傾げて急速反転。
響に向かって突っ込んできた。

「フォトニック・アンプリファ!」

響がまたがっているフォトナイザーの先端に内蔵[ドープ]された紅水晶[ローズクオーツ]から紅い閃光が発射された。

《ジェイド》と融合した無人航空機は響の攻撃を躱して、代わりに響に対して翡翠[ひすい]色のレーザーが攻撃を放つ。

下界で暮らす京都の人々は、日中の雲の上で少女たちが空中戦を展開しているなど想いもしないだろう……。

実際、魔光少女と《ジェイド》の光の応酬に気づく人はいなかった。

耳をつんざく轟音と蠕動[ぜんどう]をまき散らしながら響とすれ違った無人航空機は、大きく旋回して、今度は地上に攻撃を開始した。

(すみれちゃん、ゆう子先輩!)
響がただちにレーザーが放たれた地点の座標を2人にリンクする。

わずかレイコンマ秒までの到達時間——雲の上から担当区間に降りそそぐレーザーに、下から迎え撃つ形のゆう子は、空中で一瞬、フォトナイザーから降りて、自由落下に身を任せる。

(あたしがもらったあああ!)

ゆう子がフォトナイザーを振るって光のバリアを形成し、無人航空機《ジェイド》の攻撃をサッカーのゴールを守るキーパーのごとき執念で防いだ。

(ありがと、ゆう子先輩!)
響はリンクし、顎を引いてさらにフォトナイザーを加速。
無人航空機へ迫っていった。

刹那、敵は3つに裂かれたレーザー攻撃を稲妻がごとく放った。
(いかん! 2人では追いつかん!)

魔光少女たちを右へ左へ翻弄し、体力を消耗させるという知恵を《ジェイド》が身につけたのか?
それとも偶然の創発[エマージェンス]なのか?

突然の同時攻撃に戸惑いながらも、すみれとゆう子が守りきれないであろう3つ目のレーザー攻撃を妨げようと、響は空から落ちるように空を下っていった。

(こっちは撃退!)
早々にゆう子からリンクが入る。

(私も!)
間もなくしてすみれからの報告も入った。

残すはこの1本——。
響はようやく目の先に見えてきた最期のレーザーの先端に意識を集中した。

(京都はわたしたちが守ってみせる! あんたなんかに負けるもんかあああああああ!)
弾丸のように飛び出した響は、すさまじい気迫でレーザーに迫った。

だが、宇宙最速の光の速さですすむ敵のレーザーを追い抜くことは物理的に不可能だ。

間に合わない——。
レーザーとの距離を縮められず、絶望感がじわりじわりと締め上げていく。

(響! 散ってえ!)
すみれのリンクが響の脳内に反響する。

空中でフォトナイザーから降りたすみれは槍投げの選手がごとく、自らのフォトナイザーを上空のレーザーに放った。

(届けええええええええ!)

すみれのフォトナイザーが加速し、迎撃ミサイルのように敵のレーザーと真正面にぶつかった。
先端に内蔵された紫水晶[アメシスト]が敵のレーザーを屈折し、地平と水平方向に直進する。

屈折率が大きい媒質から小さい媒質に光が入るとき、入射光が境界面を透過せず、すべて反射する現象を全反射という。
屈折率が空気よりも小さい物質はまだ地球上には存在しない。
しかし、魔光少女たちの利得媒質[オプト・クリスタル]は、空気よりも低い超低屈折率媒質としての側面も併せ持つ。
そのためフォトナイザーは空気中を伝播するレーザー光を跳ね返すことができるのだった。

フォトナイザーを失って落下しはじめていたすみれは、ゆう子に抱きとめられた。
敵の攻撃を屈折したすみれのフォトナイザーは間もなくブーメランの要領で彼女の手元に戻ってきた。

(すみれちゃん、ありがとう!)
レーザーが屈折し、遅延してくれたおかげで間に合いそうだった。急速反転し、フォトナイザーをラケットのように振って敵のレーザーをはじき返す。

(えええええええええええっっいいいい!)

そのとき、もう一筋の光軸が響目がけて降りそそいできた。
無人航空機《ジェイド》がもう一発レーザーを打ち込んでいたのだ。

(いかん、響! 反撃しろ!)《アンコ》がリンクで叫ぶ。
(だめ! 起動パスワードを唱えてる暇がない!)

響は空中で体を大の字に広げる。
まるで身を挺して京都を守るとでもいうように。

刹那、響の体を《ジェイド》のレーザー攻撃が貫いた。

「きゃああああああああああああああああああああああああ!!」

長く尾を引く響の悲鳴が空に消えていく。
一瞬、全身に電撃が走ったかのように空中で体をくの字に折り曲げた響は、もうもうと煙をあげて落下しはじめた。

(響いいいいいいいい!)
すみれが響の元に駆けつけようとするのを、《アンコ》の非情なリンクが遮った。

(馬鹿者! 持ち場を離れるな! 《ジェイド》の攻撃を防衛するんだ!)

(だって、響が! 響がああああああ……!?)

(まだまだああああああああ!)
響のリンクがすみれの絶叫に割って入る。

(響!?)
すみれの心配をよそに、黒焦げになった響が空中で体勢を持ち直し、フォトナイザーを両手で構えた。

「フォトニック・アンプリファ!」

少女のか細い腕から放たれたとはとても思えない紅い光の奔流がフォトナイザーから飛び出し、ちょうど真上を通過した無人航空機《ジェイド》を貫く。

空中で大爆発が起こり、破壊された航空機の破片が黒煙とともに地上へと降りそそぐ。
必殺の攻撃を放って力尽きた響が、ふたたび落下していく。

(響いいいいいい!)
すみれが破片の雨をくぐり抜けて響に迫った。

力尽き、落下する彼女をすみれが抱き留める。

(響……大丈夫!?)

響の体に穴が空いた——。
背筋をぞくりとさせながらも、すみれは彼女の安否を確認し、恐る恐るレーザーが貫いた体を検分する。
だが、彼女の体のどこにも穴は空いていなかった。

(戦闘服[バトルドレス]が守ってくれた……!?)
すみれがつぶやくと、ゆう子がすぐに合流した。

(レーザーは確実に響の体を貫いてたはずよ……)
ゆう子がリンクした。

(でも、響は無傷だよ!?) すみれの反駁で響が意識を取り戻す。

(すみれちゃん……わたし、やったよ)
弱々しく響が言う。

(わかってる、響……)
涙声のすみれは小さくしゃくりあげ、鼻をすすった。

(とにかく、地上に降りて、響の傷を確認しましょう……)
周囲に警戒の目を走らせつつ、ゆう子がリンクした。

2

大文字山に降り立った魔光少女は、恒星間宇宙船《ダイソン》の亡骸をくり抜いてつくられた秘密基地——光学的遮蔽[コンシールメント]工作によって透明になって普段は見えない——で響を寝かせ、彼女の傷を改めて検分した。

響は《ジェイド》の攻撃によって身を焼かれ、所々黒焦げてはいたが、出血や大きな怪我は見当たらなかった。

念には念をということで、《アンコ》が光学的断層透視法によって響の体をスキャンしていた。

(戦闘服[バトルドレス]に、防御機能までついていたとはね……)
ゆう子が自分の戦闘服をまじまじと見返す。
(つまり、あたしたちは無敵ってこと?)

(いや——君たち魔光少女が身にまとう戦闘服[バトルドレス]は、《ジェイド》を構成する石英[シリコン]などのレーザー繊維[ファイバー]からなる服[スーツ]だ。
直接服に埋められた希土類添加特殊繊維によって、太陽光などの光を吸収し、魔光が生成される。
そして、その魔光をフォトニッック結晶繊維に閉じ込める(溜め込む)ことでフォトナイザーや利得媒質[オプト・クリスタル]のバッテリーとしても機能する。

だが、魔光は防御面では特に機能しないはずだ)

基地のスキャン装置が作業終了のブザー音をならして、ディスプレイに響の断層画像を表示させる。

画像を目にした《アンコ》とすみれ、ゆう子の3人はあまりのことに口をあんぐり開けたまま、呆然と立ち尽くした。

「これ……どういうことですか?」
すみれが《アンコ》とゆう子の顔色を窺う。
「スキャン装置が壊れてるんじゃないんですか?」

「装置に異常はない」
《アンコ》が答える。

「でも! こんなことって……ありえないわ!」
「しかし、事実だ……」
ゆう子の言を《アンコ》が遮る。

ふたたび沈黙が降りた。

すみれはもう一度、響の光学的断層画像に目をやる。

そこには、何も写っていなかったのだ。

「理由はわからない。
だが、光の〝意志〟となり、《ダイソン》のプログラムに侵入した響の体は、再構築[インスタンス]される際に、物理的な人間の体から、波と粒子からなる光と影のいわば〝幻〟になってしまったのかもしれない……」

「そんな……そんなことって……」
すみれが思わずその場に膝をついてしまう。
「だって、響の体にはちゃんと触れられるし、物理的な感覚だってある!」

「それすら幻だとしたら?」
《アンコ》が目を伏せて言う。
「響は物理的肉体という軛[くびき]を解き放ったのだ——鉱物が故、愚鈍かつ緩慢な動きしかできなかったケイ素生命体が夢見た〝完全体〟にね」

「完全体……」
まるで怪物の移行形態を説明するような《アンコ》の口ぶりに反感を覚えつつ、変わり果ててしまった友のことを想うと、すみれは胸が押し潰されそうだった。

カランコロン、と医療器具が床に落ちる音がして、少女たちが振り返る。
ベッドから起き上がった響が、自分の断層画像を見上げて、引きつった表情を浮かべていた。

「わたし……人間じゃなくなっっちゃったの……?」

「炭素生物という枠組みを……否、時間や空間をも超越した存在になったんだ……」
《アンコ》がせめてもの慰めのつもりで言う。
「今の君は老いず死なずの……」

「そんなこと別にわたしは望んでない!」
響は叫ぶように言った。

「響……」
すみれはすぐに響を追いかけようとしたが、響は扉の前で立ち止まり、背をむけたまますみれに言い放った。
「ごめん、すみれちゃん。今は……1人にして……」

基地を出て行く響の背中を、すみれは見送ることしかできなかった。

「………」

「響の体を治すことはできないの?」
気まずい沈黙をゆう子が破った。
「魔光を使って時間を元に戻すとか……」

「《ダイソン》との決戦まで時間を遡るというのか!?」
《アンコ》が聞き返す。
「魔光は、君たちが考えている魔法とは訳がちがう。
魔光は外宇宙の科学による力であって、物理法則をねじ曲げる万能技能ではない。
時間を元に戻すなど、決して考えてはならん!
魔光で時空間に歪みを生じれば、ケイ素生命体が歩んだ道をふたたび歩むことになるだろう」

「つまり、光が闇に飲み込まれ、ブラックホールを創出[エマージェンス]すると……?」
ゆう子が問うた。

「魔光は我々にとっても未知の科学なんだ。
時空間を歪めるほどの魔光を制御できはしない!
たとえ、《ダイソン》を倒した響ほどの使い手だとしても、な」

このとき、すみれは1人ある決意を固めていた。

時間遡行[タイムスリップ]して、響の体を元に戻す——。

そんな危険な考えに取り憑かれていたのだ。

(私が響を……元の身体に戻してみせる!)