PHASE=024 14年の苦痛 Long Slow Pain
2030年7月14日。
京都は宵山を迎えていた。
響は大学院の研究所にこもりがちな大地を連れ出して、お祭りに出かけていた。
「計算結果が出るまで、よう見んとあかんのよ……」
「パソコンが計算してくれるんじゃないの?」
「アルゴリズムがちごうてるときは、やり直しになるんよ」
あくびをこらえきれず洩らす大地を横目に、
「変わらないな、大地は……」
と響はつぶやいた。
「変わらんのは、響や」
大地に言われて、響はどきりとした。
「え?」
「お前、中学生のころから、まったく変わっとらん」
14年前——
響は外宇宙の光テクノロジー魔光によって魔光少女と呼ばれる戦士に変身し、自警団のように外宇宙の無人兵器《ジェイド》と京都の町を守りべく奮迅していた。
ところが、光に吸いこまれた友人を助けるべく、魔光の源たる利得媒質[オプト・クリスタル]に意志を込めた結果、彼女の体を再構築[インスタンス]する際に、光と影からなるいわば〝幻〟になってしまった。
実体をともなわない、老いず死なずの体。
すでに人間ではなくなってしまった彼女は、健康診断を受けることができず、会社に勤めることもせず、結婚もせず、ただ家に閉じこもっていた。
彼女は、28歳になっていた。
体は14歳の幻のままに……。
突如、大文字山の方角から爆発音が轟いた。
周囲一帯が騒然とし、いっせいに顔を向ける。
「なにか……あったんか?」
響には、すくなからず心当たりがあった。
《ジェイド》——外宇宙の無人兵器が、騒ぎを起こしたのかもしれない。
でも、響が魔光少女をやめてからこの14年。
《ジェイド》の動きは沈静化にむかっていた。
なのに、いまになってどうして……。
刹那、夜空を一本のレーザー光線が横切ったかと思うと、ほうきに跨がる魔女がごとく空を飛ぶ少女の姿を認めて、響は目を見開いた。
魔光少女——
響には、彼女に見覚えがあった。
黒い戦闘副[バトルドレス]に防眩バイザー、そして茶色い髪——
「ゆう子……先輩?」
「ん? どうした、響?」
響の洩らした言葉を聞きかえす大地に苦笑いをかえし、響は胸がざわめくのを感じていた。
次の瞬間、黒い魔光少女が大文字山から放たれたレーザー光線を被弾し、町に向かって墜落してくる。
敵はなおも彼女にとどめをさすべく追撃し、驟雨のようなレーザー光線を浴びせかけてくる。
黒い魔光少女が体勢を持ち直して翻る。
彼女が躱したレーザー光線はすべて京都の町に降りそそぎ、町を破壊していった。
悲鳴と轟音が包み、響と大地の足下にもレーザー光線が走り、アスファルトを粉砕していく。
そう声を漏らした途端、響の前にほうきにまたがった少女が墜落してきた。
「きゃあああああああ!」
鋼鉄のほうきとも呼ぶべきフォトナイザーを杖代わりに立ちあがった少女は黄色い戦闘服に身を包んだ幼い少女だった。
響は黄色い魔光少女に駆け寄っていった。
「大丈夫!?」
傷だらけの少女は小学生ぐらいだろうか?
不意に14年前に喪った友人の顔を思い出し、響の胸を塞いだ。
彼女のことを忘れたことはない。
そう片時も。
時空の歪みに呑み込まれた悲劇の魔光少女。
すみれ。
彼女もまた、魔光少女になったがために制御不能のエネルギー魔光によって悲劇的な末路を遂げたのだった。
14年前の怒りをさまざまと思い出した響は、爪がめり込むくらいに握りこぶしの力を強くした。
「《アンコ》! あなたは……!」
響が夜空に向かって叫んだ。
「こんな幼い女の子を生け贄にしないと、気が済まないの!? どうしてそんなに私たちを苦しめるの!?」
そのとき、黄色い魔光少女を狙ってレーザー光線がマシンガンのように撃ち込まれる。
大地が危ない——。
光のトレイルを読んだ響が駆け出し、 大地を突き倒し、身を挺してレーザー光線を受け止める。
「危ない、よけて!」
「あかん、響!」
レーザー光線をその小さな胸で受け止めた響は、一度は衝撃でばったりと倒れたものの、ふたたびよろよろと立ちあがった。
「響……?」
響に駆け寄った大地は、戸惑いながらも、訊かずにはいられなかった。
「お前……生きとるのか?」
「お願い……見ないで……」
響は走りだした。
14年前、響はすべてを投げだして、逃げだしてしまった。
それがまちがいだったのだ。
終わらせる必要がある。
すみれのような、あの幼い少女のような女の子を二度と生みださないために。
「《アンコ》! どこにいるの!?」