魔光少女 プリズム響

PHASE=025 爆縮! ターゲット・チャンバー!!(前編)

すべてを終わらせる——。
その想いを胸に、きっと唇を引き結んだ紅光響は、大文字山の火処を目指してぐんぐん駆け上っていった。
「《アンコ》! どこにいるの!?」
14年前、自分たちを魔光少女に変えた張本人——外宇宙の自己制御型群兵器の一個でありながら、意志を創発[エマージェンス]させた《ジェイド》の変異体。
響の同級生をも魔光少女と《ジェイド》の戦いに巻きこみ、終いには響を老いず死なずの光と影の幻に変え、同級生は闇の光りに飲まれて消滅してしまった。
《アンコ》——彼はいまも少女を魔光少女に変え、かつての自分の仲間——《ジェイド》同士の戦いに巻きこもうとしているのだった。
京都の町を守るという大義名分を振りかざして……。

「《アンコ》!」
火処に辿り着いた響が頭を巡らす。
京都上空では、いま、黒い魔光少女——響の先輩で、アメリカ軍に外宇宙の光テクノロジーの一部を供与した黒森ゆう子が、大文字山にある森林の一角、《秘密の花園》と融合を果たした敵と戦っている。
いまや、京都市の自然[バイオーム]と結合した《ジェイド》は、木の枝や蔦を自由自在に伸縮させ、その先端からレーザー攻撃を放っていた。
宵闇を迎える京都の町はレーザー攻撃に晒され、あちらこちらで家屋が爆ぜる音が低く聞こえてくる。

苦戦を強いられている——五月雨式のレーザー攻撃を放つバイオーム《ジェイド》に接近できず、防戦に徹するしかないゆう子は明らかに劣勢だった。

終わらせなければならない。
そうだ、終わらせるのだ。
《ジェイド》との戦いも。
少女たちに課せられる、魔光少女の宿命も————。

宙空に浮かぶ《アンコ》を認めた響は、もう一度大声で彼の名を呼ばわった。
「《アンコ》!」

響の声にはっとした《アンコ》がさっと振りかえる。
「響……」
14年振りの再会を果たした両者は、ただ互いに黙って見つめ合った。
まったく変わらぬ低い背に、ふたつくりの赤髪と。
ぬめっとしたたらこ唇のチョウチンアンコウ。
両者ともまったく変わらぬ姿のままでの対面だった。

また、遠くで爆発音の重低音が京都の空に轟いた。

「《アンコ》、私にもう一度オプト・クリスタルを託してちょうだい……」
なにか明確な意志を宿した響の声が低く野彦のように聞こえる。

「響……」

「私は……守りたい! 大好きな人を! 大好きな人が住むこの街を!」
不意にどんなにレーザー攻撃を受けようが死なない体の響の異常さを目の当たりにした大地の狼狽した顔を思い出す。傷ついた黄色い魔光少女の姿も。宙空で戦う黒い魔光少女の姿も。

「だって私は、紅い魔光少女——プリズム☆響だから!」

途端、地響きが周囲一体にどよもした。
足もとからひっくり返るような衝撃を覚えた響は思わず地面に手を突いた。

「な、なに……なんなの!?」

地響きと同時に大文字の上部——《ジェイド》が結合している森林部分がすこしずつ、宙に浮かびはじめていた。木々の根っこが夜空に浮かびあがり、まるで大きな鉢が宙に浮いているようだった。

「バイオーム《ジェイド》が……浮かんだ!?まさか……そういうことか!」

《アンコ》がつぶやきながら、目を細めた。

響も上空に浮かぶ森林——バイオーム《ジェイド》を見上げる。
まるで大陸が木の根っこをはやしたまま浮かんでいるようなその光景を見ながら、響の脳裡には、まるでそれが恒星間宇宙船《ダイソン》のように見えた。

恒星間宇宙船————
響の連想を裏付けるように、バイオーム《ジェイド》はどんどん高度を上げていき、ついには見えなくなってしまった。

「どういうことなの、《アンコ》!?」
攻撃をいったん中止し、黒い魔光少女、ゆう子先輩がフォトナイザーにまたがったまま駆けつける。
「響————!?」
響の姿を認めて、ゆう子先輩が瞠目する。

ゆう子先輩は確実に14年の歳月を経て、大人の女性になっていた。
ただ、彼女は魔光の干渉によって目を失明しており、魔光少女の間だけは、魔光を通じて視力をえているのだった。

大人になったゆう子先輩が、地面に降りて響の下に駆け寄る。
なにもいわずに彼女は、響を抱擁した。
「終わった……のね、これで?」
「え?」
「だってそうでしょう? 《ジェイド》は宇宙に帰って行った。これで——」
「否!」
《アンコ》が遮るように言った。
「まだ終わってはいない!」
「……どういうこと?」
「《ジェイド》は、本来、光を魔光に変換するために、新星爆発の膨大なエネルギーを求めて恒星間宇宙船に積載された群へ兵器だ。もし彼らが創発[エマージェンス]によって、母艦とも言うべき植物系[バイオーム]と融合して宇宙に旅立ったのだとしたら、その目的はひとつ————」
「光を吸収する!?」
「そして、ここからもっとも近い光源は————」

太陽————。
太陽の光をバイオーム《ジェイド》は吸収しようとしているのか?

「いますぐ破壊しないと!」
「待て!」
「魔光少女だけでは、あのバイオーム《ジェイド》を倒せない」
「どうして? 響は恒星間宇宙船《ダイソン》を破壊できたでしょ? あのときみたいに力を合わせれば……」
「不可能だ……」
《アンコ》の声が沈痛な沈黙を呼ぶ。
「……14年の間に、バイオーム《ジェイド》は独自の進化を遂げたのだ。もはや、我々の力だけではどうすることもできない……」
「じゃあ、どうすればいいの!」
響が問い詰める。

「可能かどうかはともかく――現在、考えられる唯一の方法は、地球上にあるすべてのレーザー核融合炉の力を爆縮させるしかない……」
「世界中の……?」
「ゆう子、頼みがある」
《アンコ》が改まった声で言った。
「君はアメリカのレーザー核融合炉施設に掛け合って、レーザーをここ京都大文字山に結集させてほしい!」
「それでどうするつもり……?」
「魔光少女たちのオプト・クリスタルをターゲット・チャンバーとして、全世界からレーザー核融合炉のレーザーを集結。オプト・クリスタルの爆縮によって、必殺のレーザー攻撃を創出するのだ」
「でも……」
響が割って入る。
オプト・クリスタルに負荷がかかれば、光は闇に取り込まれてしまう――響の同級生・すみれは、そのせいで消失してしまったではないか。
「いまは、他に方法がない――この地球を救うためにはな……」
「わかったわ……」
ゆう子が応じた。
「アメリカの研究機関に掛け合ってみる。お父様の伝で、阪大のレーザー核融合炉施設をはじめとした各研究機関に協力を要請するわ!」