(レーザー関連)電気的に2次元ビーム走査可能な新たなフォトニック結晶レーザーチップの開発に成功

概要
京都大学大学院工学研究科の野田進教授、坂田諒一同研究科大学院生、メーナカデゾイサ講師、石崎賢司特定准教授、井上卓也助教等のグループは、高ピーク出力かつ高ビーム品質のレーザー光を、電気的かつ 2 次元的に走査可能な新たなフォトニック結晶レーザーチップの開発に世界で初めて成功しました。この成果は、スマートモビリティを筆頭に、高度物体認識、アダプティブ照明など様々な分野への応用にとって極めて重要な成果と言えます。ロボットや自動車の自動走行にはLiDAR注 1)と呼ばれる光センシング技術が必須とされます。LiDAR では、光ビームを走査して障害物を察知しますが、一般に、ビーム走査は、機械式、すなわち鏡を機械駆動することで行っており、システムサイズが大きくなることや、信頼性や安定性の面で課題を抱えています。そのような背景のもと、最近、非機械式のビーム走査方式の研究が活発化してきましたが、出射光の光出力が非常に低く、また波長可変型の大型のレーザー光源が別途必要である点など、多くの課題があります。本研究グループは、今回、新たに、電気的に 2 次元ビーム走査可能なフォトニック結晶レーザーチップの開発に世界で初めて成功しました。具体的には、フォトニック結晶の格子点をナノアンテナとみなし、その位置とサイズを同時に変調した新たなフォトニック結晶を考案するとともに、この結晶を内蔵したレーザーチップを開発することにより、高出力・高品質ビームを、電気的に、2 次元的に自在に走査することに成功しました。この成果は、新しい LiDAR システムの構築にもつながり*、今後のスマートモビリティ、ひいては超スマート社会(Society 5.0)の進展にとって重要な成果と言えます。本研究成果は、2020 年 7 月 17 日(日本時間)、国際学術誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されます。なお、本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「次世代フォトニクス」研究領域および、内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) 光・量子を活用したSociety 5.0 実現化技術(管理法人:量子科学技術研究開発機構)のもとに行われました。

1.背景
2 次元レーザービーム走査技術は、ロボットや自動車の自動走行に代表されるスマートモビリティを筆頭として、高度物体認識やアダプティブ照明など様々な分野への応用にと
って極めて重要です。レーザービームの走査は、通常、機械方式、すなわち、鏡を機械駆動して行いますが、システムサイズが大きくなること、信頼性や安定性、動作速度などに課題があります。そのような課題の下、最近、非機械方式のビーム走査技術の研究が、活発化しつつありますが、ビーム走査時のレーザー光出力が、ピーク値で、数 mW から精々10mW程度に限られている点、また、外部に波長可変型の大型レーザー光源が別途必要な点など、多くの課題を抱えています。従って、コンパクトで非機械式の、高出力・高ビーム品質な、2 次元ビーム走査デバイスの実現が極めて重要です。本研究グループは、そのような非機械式ビーム走査デバイスの実現のために、これまで、独自のフォトニック結晶レーザー注 2)技術をベースに研究を行ってきました。フォトニック結晶レーザーは、微小な空孔格子点が 2 次元的に並んだナノ構造体を内蔵した半導体レーザーで、大面積で安定した定在波状態が形成出来、高出力、高品質なビームが得られるという特徴をもちます。通常は、フォトニック結晶レーザーは、面垂直方向に光を出射させるように設計しますが注3)、本研究グループは、別途、ビーム走査のために、異なるフォトニック結晶を重ねるという手法注4)や、あるいは、格子点位置に注目し、位置に変調を加えるという手法注5)を、並行して、提案・開発してきました。しかしながら、これらの方法では、それぞれ、1 次元方向のみしかビームが走査出来ないこと、また、2 次元的にビーム走査が出来ても、出力が十分得られない等の課題を有していました。

2. 研究成果
上記のような背景のもと、本研究では、独自のナノアンテナ理論を構築することにより、任意の方向にビーム出射可能で、高出力・高ビーム品質動作が可能な新たなフォトニック結晶構造を考案しました。図 1(a)は、今回考案した、格子点の位置に加え、サイズにまで変調を加えた、「複合」変調フォトニック結晶の概念図を示しています。図 1(b)に示すように、複合変調の際には、ビームを出射させたい方向の情報(回折ベクトル k)を載せ、これによって、光ビームを自由空間における任意の方向[( , )および( , + °)]に出射させることを可能とします。構築したナノアンテナ理論においては、フォトニック結晶内部の電界分布に対し、微小な空孔格子点を、光を放射するナノアンテナと見なします。この理論を用いて、それぞれのナノアンテナから光がどのように放射され、フォトニック結晶全体からどのような光出力が得られるかを検討しました。まず、位置やサイズを変化させない通常のフォトニック結晶の場合を考えます。図 2(a)は、フォトニック結晶の共振状態(= M 点共振状態注6))の電界分布と格子点、すなわちナノアンテナから放射される電界ベクトルを示しています。このフォトニック結晶には 4 つの発振可能な状態(モード A,B,C,D)が存在しますが、モード A・B では各格子点(ナノアンテナ)からの放射電界ベクトルが、正味、ゼロとなります。また、モード C・D では隣どうしのナノアンテナにおける放射電界ベクトルが互いに打ち消しあうようになります。従って、いずれのモードの場合もフォトニック結晶全体から光放射は生じません。続いて、本研究で考案した複合変調フォトニック結晶の場合を検討した結果が、図 2(b)に示されています。このとき、モード A・B ではナノアンテナの重心位置が変化することにより、放射電界ベクトルがゼロでなくなるとともに、隣り合うナノアンテナどうしが強め合いの干渉を生じるようになります。またモード C・D でも、ナノアンテナの大きさを変調することで、隣どうしの放射電界ベクトルの打ち消し合いが無くなります。こうして、全てのモード A-D で適切な光放射が生じるようになります。レーザー発振は、最も損失の少ない、すなわち、光放射が最も小さいモードで起こることから、位置とサイズを同時に変調することで、狙ったモードにおいて適切な放射強度(光出力)で安定に動作するようになること、すなわち、高出力・高ビーム品質動作が得られることが判明しました。ちなみに、以前に行っていた位置のみの変調では、モード C、D におけるナノアンテナ部の放射電界が打ち消し合い、光放射が殆どない状態で動作したため、光出力が極めて低かったことも判明しました。

複合変調フォトニック結晶の効果を実証するために、様々な角度へ出射可能なように設計した 100 個の複合変調フォトニック結晶レーザーを集積したオンチップの 2 次元マトリックスアレイデバイスを作製しました。図3にデバイス裏面のアレイ電極構造および内蔵したフォトニック結晶の一例を示しますが、各レーザー領域は 150μm 角(電流注入領域は直径 100μm)、で、10×10 のマトリックス構造が、約 3mm の大きさに配置されています。溝状の構造と、絶縁層をうまく組み合わせるによって、全ての電極を裏面に集中させ、出射ビームを阻害しないように工夫しています。さらに、より深い溝状の構造で各レーザー囲うことで、各レーザー領域を電気的に独立させ、電圧を印加した p および n ラインの交点にあるレーザーのみを駆動することができます。

作製したデバイスに対して、まず、各レーザーの特性の評価を行いました。代表的なレーザーの電流-光出力特性と、遠視野像を図4(a)に示します。電流-光出力特性より、0.4W/Aのスロープ効率(電流に対する光出力の傾き)が得られ、ワット級の高いピーク出力が得られました。(極最近、5W 級の光出力も得られることも確認しています。)遠視野像も、図 4(b)に示すように狙った 2 方向に対し、綺麗な単峰で、半値全幅で 0.7 度程度の非常に狭いビーム拡がり角が得られています。これより、本レーザーは、高い光出力まで安定に動作し、かつレンズ無しで動作可能なことが分かります。さらに、100 個のレーザーの均一性を評価するために、全てのレーザーのスロープ効率を測定・解析したところ、平均で 0.42W/A、標準偏差で 0.04W/A と均一かつ高い水準のスロープ効率が得られました。今後、裏面に反射鏡を導入するなどによって、0.8W/A 以上のさらなる効率の向上も期待されます。

次に、上述のアレイデバイスを用いて、2 次元ビーム走査の実証を行いました。アレイデバイスをマイクロコントローラーで制御することによって、100 個のレーザーを好きな順
序で、好きな速度で駆動することが出来、自在なビーム走査が可能となります。図 5 にビーム走査のスナップショットの一例を示します。同図(a)[上段および中段]のように一対のビームを、出射角θを 0°から 45°まで放射状に走査したり(ここに上段では、 =0/180°に固定、中段では、 =90/270°に固定)、また、同図(b[) 上段]のように出射角θを固定( =20°)して、方位角φを 0oから 45o (および 180oから 225o)まで円周上に走査することが出来ます。さらに、同図(a)および(b)の[下段]に示すように、それぞれの図の上段と中段の 2つのレーザーを同時に駆動することも可能で、この場合、興味深いことに、4 つのビームが同時に出射されます。ここに示したのは、ほんの一例で、任意の順番・タイミングでビームが走査できるので、自在なビーム走査が実現出来ます。このようなオンチップで、オンデマンドな高出力・高ビーム品質のレーザービーム走査は、従来のビーム走査方式では決して実現できないもので、後述するように、新たなセンシング方式など、様々な分野への応用が期待されます。

3.今後の予定、波及効果
今回、複合変調フォトニック結晶という新たなフォトニック結晶構造を考案し、本フォトニック結晶を用いることで、高出力・高ビーム品質のレーザービームを 2 次元走査可能
なオンチップデバイスの実現に世界で初めて成功しました。この成果は、極最近プレス発表を行った機械式 LiDAR システム注7) の小型化、高性能化につながるものと考えられ、今後のスマートモビリティにとって極めて重要な技術になっていくものと期待されます。なお、今回は、10×10 のマトリックスアレイ構造で、解像点を 100 点としましたが、今後、デバイスサイズをわずか 4 倍にするだけで、解像点を 900 倍以上、すなわち、90,000 点以上にすること注8) も可能であると考えています。また、さらに、本レーザーの特徴を活かした新たな LiDAR システム構築にも繋がっていくものと考えられます注9)。例えば、現在、LiDAR システムとして、ビーム走査型の他に、フラッシュ型と呼ばれる全面一括光照射型の LiDAR システムが存在しますが、このフラッシュ型 LiDAR においては、周囲全面に光を一括して照射する故に、各点における光照射強度が十分に高くできないという本質的な課題があります。そのためこのシステムは、反射率の高い物体と反射率の低い物体が同時に視野に入った場合、反射率の低い物体から十分な反射信号が得られず、正確な距離計測ができなくなるという課題を抱えています。このフラッシュ型の LiDAR に、本研究で開発した複合変調フォトニック結晶レーザーチップを組み合わせれば、反射率の低い物体を見つけた瞬間に、その物体を狙って、本デバイスで、拡がり角の狭いビームを照射することで、反射率の低い物体に対しても測距が可能となり、新たな LiDAR システムの構築が期待されます。この用途においては、本デバイスに要求される解像点は、今回、実証した 100 点程度で十分な役割を果たすようになります。(極最近、(株)ブルックマンテクノロジとの共同開発により、その初期実証にも成功しました。)以上のように本技術は、スマートモビリティの発展に大きく寄与するとともに、他にも高度物体認識やアダプティブ照明など様々な分野の応用にもつながるものと考えられます。すなわち、来るべきスマート社会 Society 5.0 を支えるキー技術となりうるものと期待されます。

4. 研究プロジェクトについて
本研究は、以下の 2 つのプロジェクトのもとに推進されました。
・ JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「次世代フォトニクス」:研究課題「変調フォトニック結晶レーザーによる 2 次元ビーム走査技術の開発 (JP MJCR17N3)」(研究代表者 野田 進)(2017 年度から推進中。LiDAR 応用に向けて、フォトニック結晶レーザーによる2次元ビーム走査技術の開発と学術基盤の構築を主たる目的としています。今回、新方式の基本コンセプトを生み出しました。)

・ 内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)光・量子を活用したSociety 5.0 実現化技術(管理法人:量子科学技術研究開発機構):研究開発課題「フォト
ニック結晶レーザーに係る研究開発」(研究責任者 野田 進)(2018 年度から推進中。フォトニック結晶レーザーの高出力化、ビーム走査技術などの各種技術を統合して、社会実装可能なシステムとして、Society 5.0 実現化を目指す各種企業へ提供すること等を目的としています。本成果に関わる新方式に関しても、すでに複数企業との連携を開始しています。)

<研究者のコメント>
1999 年に、フォトニック結晶レーザーを発明して以来、着実に研究開発を進め、2014年に 0.2W 級のフォトニック結晶レーザーの実用化を開始し、さらに、2018 年には、2 重格子フォトニック結晶の概念の導入により、高輝度動作(300MWcm-2sr-1 以上)の実現に成功しました。さらに、極最近、この概念をさらに発展させ、フォトニック結晶レーザーの性能を飛躍的に向上させるとともに、LiDAR システムへの搭載に成功しました。これらにおいては、レーザー光は、フォトニック結晶面に対して垂直方向に出射し、ビーム走査を行う際には、機械式で行っていましたが、今回、非機械式、すなわち電気的に広範囲に 2 次元ビーム走査出来る技術までも開発することに成功することが出来ました。これはまさに、フォトニック結晶レーザーのもつ高輝度性に加え、高機能性(他の半導体レーザーでは実現が困難な特長)を明快に示した結果であると言え、超スマート社会(Society 5.0)の発展に大きく貢献することが期待されます。今後、フォトニック結晶レーザーの一層の高輝度化とスマ
ート化、さらには、その社会実装を目指し、研究を進めていきたいと思っています。

[論文情報]
タイトル: “Dually modulated photonic crystals enabling high-power high-beam-quality twodimensional beam scanning lasers”
著 者:Ryoichi Sakata†, Kenji Ishizaki†, Menaka De Zoysa†, Shin Fukuhara, Takuya Inoue,
Yoshinori Tanaka, Kintaro Iwata, Ranko Hatsuda, Masahiro Yoshida, John Gelleta, and
Susumu Noda* (†These authors contributed equally to this work. *Corresponding
Author.)
所 属: Department of Electronic Science and Engineering, Kyoto University Kyoto 615-8510,
Japan
掲 載 誌:Nature Communications
D O I:10.1038/s41467-020-17092-w